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鉄 道 業 界 に お け る 列 車 乗 入 が も た ら す 効 果 と は ?

−青いロマンスカー「MSE」運行開始で見えた「ロマンスカー乗入の効果」−



TAKA  2008年03月17日




青いロマンスカーMSE 出発進行!@成城学園前


※本記事は「 TAKAの交通論の部屋 」「 交通総合フォーラム 」のシェアコンテンツとさせて頂きます。


 ☆ ま え が き 〜毎度お馴染みの「3月のダイヤ改正」だが、今年の主役はロマンスカーMSE?〜

 3月は世間一般では「年度末」で大忙しの時期ですが、鉄道の世界では「路線廃止・新線開業・ダイヤ改正」で忙しい時期です。これもやはり「年度末」という事が微妙に絡んでいるのでしょうが、路線廃止・新線開業やJR各社のダイヤ改正が3月に行われる事が多い為、それに関連した民鉄各社でもダイヤ改正が行われるパターンが多くなっています。
 今年の3月も、おおさか東線・横浜市営地下鉄4号線・日暮里・舎人ライナーの3路線が開業すると同時に、3月15日には夜行列車大幅廃止・東海道新幹線増発を中心としたダイヤ改正・東急大井町線急行運転開始のダイヤ改正・小田急線と東京メトロ千代田線のダイヤ改正などが3月の短い時期に行われます。
 その中でも「今年3月の最大の話題」は小田急と東京メトロの3月15日のダイヤ改正かもしれません。このダイヤ改正で小田急電鉄の新型ロマンスカー60000型MSEが登場し、小田急のロマンスカーの東京メトロ乗り入れが開始されます。今年の3月に関する色々な話題が今までありましたが、今まで「大都市の地下鉄に有料特急は走らない」という固定観念が有った私にしてみれば、「東京メトロにロマンスカーが乗り入れる」という事自体が「想定外のサプライズ」であり、それ以外のイベントで有る新線開業やブルートレイン廃止など「流れの中で織り込み済みの物」の物に比べて非常に驚かされた物でした。又3月15日の運行開始を目前にしてテレビニュースなどでも多く取り上げられており、鉄道マニアは「ブルートレイン廃止」に注目して居ますが、マスコミを含めた世間一般は今回のロマンスカーMSEの千代田線乗り入れに注目している事は間違いありません。

 私もこの話題に関しては非常に興味があり、過去に弊サイト「 TAKAの交通論の部屋 」でも「 「夢」で語られる事が「現実」になる時代が来たのか? 」「 ロマンスカーMSEの東京メトロ乗入れの効果を考える 」という一文を書き、ロマンスカーの東京メトロへの乗り入れについて興味深く見てきました。
 その興味を持って見てきた「ロマンスカーMSEの東京メトロ乗り入れ」が3月15日遂に現実となりました。興味が有る上に私に取って「ホームグラウンド」といえる「小田急」に関する話です。私としては真っ先に見に行きたい所ですが、3月15日の始発はチケットが直ぐ売れてしまい、しかも仕事の関係も有るので運行開始当日は成城学園前を中心に走行写真を撮る事にして、未だ落ち着いているとはいえないですが翌日の3月16日と平日運行の初日で有る3月17日にロマンスカーMSEの試乗を行う事にしました。
 此処では、過去の議論と運行開始前後の状況や小田急電鉄・東京メトロの動きを踏まえつつ、「ロマンスカー」という小田急電鉄のブランドの持つ「影響力・ブランド力」という側面と小田急グループの動きを中心に、ブレークスルーをしたロマンスカーがもたらした効果について考えて見たいと思います。

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 ☆ 今や「鉄道におけるブレークスルー」は会社の壁を乗り越える第三幕へ

 今回の「ロマンスカーMSE」の東京メトロ乗り入れ開始は、今まで頑なに「(都心部の)線内での優等通過運転」「有料優等列車の乗り入れ」に関して受け入れ無かった、東京メトロの「壁」を打ち抜いて東京メトロ線内にロマンスカーを定期運転として乗り入れさせたという点で、これも鉄道における「ブレークスルー」の一つの形態です。
 元々「国有鉄道」と「民間鉄道」という2つの運営形態で、複数の鉄道事業者が入り混じりながら運行されてきた日本の鉄道では、「運営者の間の壁」が過去にも存在していました。特に大都市では「国有鉄道」「公営鉄道」「民間鉄道」の3者が入り混じり、しかも「公営鉄道」は大昔から「公営モンロー主義」を振り回し民間鉄道を排除しようとして、その様な行動から特に大都市では鉄道事業者間に大きな「壁」が有った事は事実で有るといえます。
 全国的に大都市では存在していた「運営者の間の壁」ですが、その「壁」が打ち破られた時期が東京では3回有ると考えます。
 先ず第一回目のブレークスルーは、今東京の地下鉄と民鉄の間では当たり前となっている「地下鉄との相互直通運転」が提示された昭和31年8月の都市交通審議会第一次答申で有ると思います。この答申で「地下鉄と郊外私鉄・国鉄との相互直通」が提示され、それにより昭和35年に都営地下鉄浅草線と京成電鉄の間で、昭和37年に営団地下鉄日比谷線と東武鉄道との間で地下鉄⇔郊外鉄道の相互直通運転が開始され、現在では規格の違う銀座線・丸の内線・大江戸線以外の地下鉄⇔在京のJR・大手民鉄各社との間で相互直通運転が行われるようになり、「郊外電車の都心乗り入れ」が行われるようになり、第一回目の「ブレークスルー」が行われました。
 それに続く第二回目のブレークスルーは、湘南新宿ラインの開業です。湘南新宿ラインの場合「 既存インフラを活用しつつ今まで思い付かなかった新しい経路を打ち出した 」という点で、同一事業者内での新しいルート構築では有りましたが、北関東・横浜・湘南と東京の副都心である新宿・渋谷・池袋を結ぶ新ルートが構築され、此れが引き金になり「 東武〜JRの特急直通運転 」や「 湘南新宿ラインと相模鉄道の乗り入れ 」などの、JR東日本を核とした「新しいルート構築」が行われ、今までは「JRは単独運行主体」という運行形態から、「JRと在京民鉄の乗り入れ」という新しい運行形態が作り出されたのが、大きなブレークスルーで有ったといえます。


新しい魅力の増えた小田急〜千代田線ラインの主力車両たち@小田急電鉄唐木田車庫


 そしてそれらに続く「ブレークスルーの第三幕」のスタートが今回の「ロマンスカーMSEの東京メトロ千代田線乗り入れ」で有ると私は考えます。今回ロマンスカーMSEの千代田線乗り入れに伴うマスコミ関係の試乗会が先日開かれ、マスコミ各社でも運行開始前日に掛けて報道されて居ますが、3月14日6時半過ぎのNHKのニュースでの報道で、小田急電鉄広報課長が「今後の新たな運行形態の第一歩」という趣旨のコメントをしていました。今回ロマンスカーMSEは小田急線と相互直通運転をしている東京メトロ千代田線に乗入れましたが、同時に季節臨時運転ですが霞ヶ関の回送線を経由して東京メトロ有楽町線新木場への乗り入れが決まっています。この様な運行ルートを臨時列車でもかなりの頻度で運行される時代が来るとは誰が思ったでしょうか?此れだけでも小田急電鉄のいう「今後の新たな運行形態の第一歩」という考えについて「何か有るのでは?」と思わせる物で有るといえます。
 そういう意味で、今回のロマンスカーMSEの東京メトロ乗り入れに依る「ブレークスルーの第三幕」は今回の乗り入れ開始で、始まった事は間違いありません。
 小田急電鉄の「次の一手」が何で有るか?は今の段階では分かりません。しかし東京圏全体で見れば、本年6月には東京メトロ副都心線が開業して西武池袋線・東武東上線が新宿・渋谷に乗入れます。その後2012年度には東京メトロ副都心線は東急東横線にも乗入れて「第二の湘南新宿ライン」といえるルートが出来ます。その他にも東急田園都市線〜東京メトロ半蔵門線〜東武伊勢崎線や京浜急行〜都営浅草線〜京成電鉄〜北総開発鉄道など、地下鉄を経由した広域運転が行われています。この様な広域運行が行われている路線から「ブレークスルーの第三幕」の第二弾が出るかもしれません。そういう意味で非常に注目で有るし興味深い事で有るといえます。


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 ☆ ロマンスカーMSE 試乗記

 この様に、関係者・沿線利用者・鉄道ファンだけでなく世間全般からも大きな注目を集め、今までは考えられなかった「ブレークスルー」を実現しようとしているロマンスカーMSEの東京メトロ千代田線への乗り入れです。
 何をいっても此れに試乗しない訳には行きません。小田急電鉄での前回のトピックで有った「 ロマンスカーVSE登場 」の時には、新宿⇔箱根の運行だったので「仕事で直ぐに乗れるだろう」と軽く思っていましたが、此の頃は車の利用が増えたのと同時に、千代田線乗入という事は私のメインルートからは外れる事になります。なので年度末の決算期ですが、一念発起して時間を調整して3月15日は仕事の合間で写真撮影・3月16日はメトロはこね試乗・3月17日夜にメトロホームウェイ試乗という形で時間を調整し試乗を行う事にしました。
 先ずは私のロマンスカーMSEについてのコメントの基として、ロマンスカーMSEの試乗記を纏めて見ました。ご照覧頂ければ幸いです。
 ※5月3日・5月5日の「ロマンスカーMSEベイリゾート号運行開始」に伴い、その試乗記を纏めたので、加えて掲載いたします。(5月6日)

 ● 青いロマンスカー「MSE」が持つ休日の顔とは?  (3月16日 メトロはこね21号 北千住9:13⇒箱根湯本11:14 メトロはこね22号 箱根湯本11:27⇒大手町13:12)

 ● 青いロマンスカー「MSE」が持つ平日の顔とは?  (3月17日 メトロホームウェイ71号 大手町17:45⇒唐木田18:45 メトロホームウェイ41号 大手町20:33⇒本厚木21:32)

 ● 青いロマンスカー「MSE」 遂に東京ベイエリアに登場!?  ( 5月3日ベイリゾート91号 新木場駅・5月5日 ベイリゾート90号 新百合ヶ丘7:07⇒新木場8:04)

 この訪問記に有る様に、東京メトロ千代田線に乗り入れを果たして「始めて東京メトロに乗入れた有料特急」という称号を手に入れた「青いロマンスカーMSE」ですが、この小田急ロマンスカーの新たなプロジェクトにより、小田急電鉄は色々な物を新たに手に入れた事は間違いありません。
 前にも「ロマンスカーMSEの千代田線乗り入れ」の計画概要が発表された時に、「 ロマンスカーMSEの東京メトロ乗入れの効果を考える 」で、積極的ダイヤ施策と企業・沿線の価値向上の関係という視点で、今回のロマンスカーMSEの千代田線乗り入れについて考えてみました。なので今回はその一文を踏まえつつ、実際の乗り入れの状況を見た上での「ロマンスカーMSEの千代田線乗り入れの効果」について再度考えて見たいと思います。

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 ☆ ロマンスカー地下鉄乗り入れの効果とは? 〜山手線を越えて広がった小田急の影響力〜

 先ず「ロマンスカーMSEの千代田線乗り入れ」がもたらした効果は、「小田急が影響力を与える地域を山手線の東側まで広げた」という点で有ると思います。
 これは非常に「目に見える効果」で有るといえます。鉄道会社は基本的に「沿線を基盤にして鉄道を中心にビジネスを広げる」という形でビジネスを展開しています。その為戦前期には「隣接鉄道会社の買収による拡大」を図りましたし、戦後は「地方民鉄への資本参加」と行う事で全国進出を目指しました。しかし現在では阪急阪神ホールディングス誕生の様な「鉄道会社の統合・買収による拡大」も存在して居ますが、現実問題としてその様なチャンスは少なく、もっと友好的な手段で有る「相互直通運転による影響力の拡大」を図るのが影響力拡大の現実的な方法となっています。
 しかし「相互直通運転」といっても、殆どの場合は通勤列車の乗り入れです。通勤列車の乗入では利用者は「列車に乗り移動する事」がメインで有り、一般の利用客が「乗る列車が何処の会社の列車」である事について意識する事は少なく、民鉄線内を地下鉄車両が走る事で自社の路線を「都心直通の路線」としてアピールするという事での自社沿線の価値向上を図る事は有っても、相手先に乗入れる事で乗り入れ先で自社の存在感をアピールする事は現実問題として困難で有ったのが実状です。
 けれども今回ロマンスカーMSEは、自社の車両で自社の「ロマンスカーブランド」を全面に出して乗入れる事が出来た為に、「小田急の列車がやってくる」事を千代田線沿線住民に意識させる事が出来ながら、東京北東部への進出を図る事が出来ました。その意味は非常に大きい物が有ると思います。

  
左:小田急の「狙いのエリア?」北千住に停車のMSE 中:東京メトロは東武沿線にもアピール? @北千住東武線乗換通路のMSEポスター 右:「MSE」は常磐線も視野に入れる? MSEラッピングバス@松戸

 特に今回は小田急電鉄・東京メトロ両方とも「ロマンスカーMSEに東京北東部から乗客を引き込む」事に非常に熱心で有るといえます。今回ロマンスカーMSE運行開始に際して、北千住を扇の要とした常磐線・東武線沿線に「ロマンスカーが北千住へやって来た」「北千住から箱根まで直通で120分」という事を大きく宣伝しています。松戸で「 MSEのラッピングバスで宣伝している 」という事を聞いた時には、その狙いが見えたと同時に「流石に其処までやるのか!」という感じを持ちましたし、今日北千住駅で千代田線⇔東武線の乗換通路で東京メトロの区間の壁が「MSEのポスター」でジャックされていた時には、「常磐線沿線だけ出なく東武まで狙うのか!」と感じさせられました。
 確かに東武伊勢崎線・常磐線沿線は、今まで「箱根」や「小田急線」の存在感が薄い地域でした。当初は「湯島折返しの通勤ロマンスカー乗り入れ」という説が強かったロマンスカーの地下鉄乗り入れ話でしたが、それを北千住まで延長させた真意は「東京東北部の東武線・常磐線から乗客を引き込む」事だったのは、このPR作戦を見れば明らかです。しかし小田急が力を入れるのであれば驚きませんが、東京メトロが此処まで協力したのには驚きました。
 元々小田急グループで「千代田線沿線に対して特別な感情を持っている」事は、私も仕事上の実体験として10年以上前に小田急と営団地下鉄に関連する仕事を担当していた時から感じた事が有りました。その上で現在では小田急グループの制長戦略として「 ドアツードア(交通事業)における沿線エリアの面的充実 」を謳っており、その一環として今回のMSEの運行が有ったのだと考えれば、明確な形としては無くても意識として「千代田線沿線に影響力を伸ばしたい」という考えが小田急グループの潜在意識として有ったのかもしれません。その「潜在意識」が形となったのが今回の小田急ロマンスカーMSEの千代田線乗り入れだったのかもしれません。

 その様な潜在意識が現実となり、今回ロマンスカーMSE乗り入れで、確実に小田急の影響力が北千住を扇の要とする東武伊勢崎線・JR常磐線沿線の東京北東部に広がる事になりました。今回のMSEに関する一連の報道の中で小田急電鉄広報課長が「年間約70万人の(ロマンスカーMSEの)利用を見込んでいる」というコメントをしていました。この数字は「 03年のロマンスカー利用客1400万人 」の約5%に相当します。この数字に関しては「多い・少ない」という事は有るでしょうが、決して無視出来る数字では有りません。
 このロマンスカー乗り入れで「年間70万人のロマンスカー利用客増」は確かに小田急電鉄に取ってもプラスですが、東京メトロに取ってもプラスです。東京メトロにして見れば「70万人のロマンスカーMSE利用客」が存在すれば、確実に「70万人*200円=14000万円の特急料金収入」が増加します。此れが「小田急電鉄のブランド・車両」により達成出来るのです。東京メトロは特急車両に関しては片乗入なので車両使用料支払いなどが発生する可能性もありますが、それでも利益率が高い増収は間違いありません。それが「小田急電鉄のブランド・車両」により達成出来るのですから、非常に美味しい話です。
 だからこそ小田急と東京メトロの間の関係が、今まで以上に深くなって行く事は間違い有りません。小田急は如何なる形・量で有れども、今までより強く東京メトロ千代田線に対して影響力を発揮する事が出来るようになる事でしょう。
 そう考えると直接・間接を問わず、小田急ロマンスカーMSEの乗入により、小田急線のエリアで有る山手線を越えて東京北東地域へ影響力を行使するきっかけが出来た事は間違い有りません。此れから「小田急ロマンスカーMSEの地下鉄線乗入」で、小田急が東京メトロ千代田線沿線・北千住を扇の要とする東京の北東地域にどれ位の影響力を与えるのか?小田急ロマンスカーMSEの乗入がもたらした影響力が、今後どの様に広がって行くか?興味を持って見て行きたいと思います。


 ☆ 小田急の最大の武器は「ロマンスカー」ブランド? 〜「ロマンスカー」ブランドは小田急を越えて外へ広がった〜

 今回小田急ロマンスカーMSEが、東京メトロ千代田線に乗入を開始しましたが、乗り入れ開始前を含めて一連の期間の間で驚いた事は、「マスコミでの報道の多さ」です。
 手元に3月15日の東京新聞夕刊がありますが、1面トップで「ロマンスカーの千代田線乗り入れ開始」「観光も通勤も"メトロ特急"」という記事を北千住での開業記念式典の写真つきで載せていました。又BSジャパンでは「小谷真生子のKANDAN」で 1月27日2月3日 の2回に渡り小田急電鉄大須賀賴彦社長のインタビューを喜多見〜新宿間のMSE独占試乗付きで取り上げています。それだけでなくTV各社では大部分の会社で14日に「明日からMSE運行開始」をニュースとして取り上げており、かなり深く取り上げた会社や「試乗会実施」についてその前に別で取り上げた会社もあり、全体の報道量で見ると「一連の3月ダイヤ改正の話題の中で最も多かった」と感じさせられました。
 正直いって「新幹線開業でもないのに、これだけマスコミに取り上げられるのは凄い」と思いますが、やはりそれは「ロマンスカーが地下鉄に乗入れた」という話題が、誰にでも分かるイベントで有ったからでしょう。同時に話題性が有るイベントでは有りましたが、「ロマンスカーMSEの東京メトロ乗入」について、これだけの報道がされた要因は「ロマンスカーの知名度」で有ると思います。
 実際の所「ブルートレイン」「銀河」を知らない人が(特に若い人を中心に)居ても、「ロマンスカー」を知らない人は居ないでしょう。「ロマンスカー」は小田急電鉄の特急に付けられたブランドですが、此れだけの知名度を持った「鉄道ブランド」はそう多く有りません。民鉄でも特急に愛称を付けている会社は多数ありますが、(JRの新幹線を除いて)何処の鉄道会社の特急でも「ロマンスカー」程のブランド力を持っている所は有りません。

  
左:小田急・東京メトロ相乗りのMSEポスター 中:都心でも人気は絶大? @大手町で開催中のロマンスカーカフェ 右:ロマンスカーブランドの知名度は絶大? 女子高生も記念写真を撮る?@北千住

 今回のロマンスカーMSEの千代田線乗入開始に際しては、小田急電鉄と東京メトロが両方で宣伝を行っていましたが、その前面に出ていたのは「ロマンスカー」ブランドです。「車両の片乗入」という事も有るのでしょうが、東京メトロも「ロマンスカー」というブランドを率直に受け入れ、前面に出して宣伝して居る様に感じました。
 それにより、小田急の「ロマンスカー」ブランドは「小田急沿線の特急列車」という枠を飛び出して行ったと感じるのは私だけでしょうか?今回3月15日の運行開始初日に成城学園前⇒祖師ヶ谷大蔵⇒松戸⇒北千住⇒大手町⇒箱根湯本⇒北千住とMSEを追って動きましたが、当然の如く鉄道マニアの姿を多く見かけましたが、それと同じ位多かったのが親子連れの姿です。特に写真を掲載した北千住では「携帯電話のカメラでMSEを撮る人達」が非常に多かったですし、何と女子高生がMSEの写真を撮ったり、記念撮影をしているのには正直いって驚きました(これが今噂の鉄子?只一人二人では無かった・・・)。同時に寄った大手町で開催中の ロマンスカーカフェ では、「土曜日のビジネス街」という人が居ない場所で、イベントが開かれているサンケイビルの前だけには親子連れを中心とした人達が集まっている状況でした。此れも又驚くべき現象です。
 この様に注目を集めると言う事は、北千住にしても大手町にしても今まで「小田急」の存在感が非常に薄い地域でしたので、其処に今回ロマンスカーMSE乗入という形で一石を投じた効果で有るといえます。その効果は普通では駄目で「ロマンスカー」という知名度の有る列車を投入したからこそ「得られた効果」で有るといえます。

 民鉄業界において「全国区のブランド」といえる物は幾つか有ります。特に「東急・阪急・小田急」など鉄道会社のイメージが良い会社の場合、鉄道会社の名前その物が既に一種のブランドになっており、沿線を中心にかなりの広がりを持ちつつ抜群の知名度を誇っています。
 その様な「鉄道会社の名前自体がブランドになっている」事例は存在して居ますが、これが「列車・車両の名前」となると意外に知名度が有りません。鉄道ファンであれば、名鉄のパノラマカー・近鉄のビスタカー・東武のスペーシア等個性的で特徴を持った車両や京成のスカイライナー・西武のレッドアロー等の特急列車を知って居ますが、「誰でも知っていて憧れを感じるブランド」という視点で見ると、これらは全て「限定的な知名度しかない」ブランドという事が出来ます。
 しかし小田急のロマンスカーは、これらの大手民鉄の有料特急のブランドと比べると知名度が断然違います。少なくとも前述の大手民鉄の各有料優等列車の名前と比べて、それらの特急列車の名前を知らなくても「ロマンスカー」の名前を知らない人は居ないでしょう。しかも近年はデザイン性の優れた「 50000形VSE投入 」などで広く話題を提供して来ているので、そのブランド性はより高まって居ると思います。
 けれども今まで「ロマンスカー=小田急線の新宿〜箱根間の特急」というイメージが主流で、地域的に限定されたイメージが強かった様に思います。しかし今回その壁を突破して、東京メトロ千代田線に乗り入れて表参道・霞ヶ関・大手町・北千住と東京都心〜北東部へそのブランドの影響の及ぶ範囲を広げる事が出来ました。
 同時に大きい事は、「車両の片乗入」という事も有るのでしょうが、東京メトロにおいても宣伝で「ロマンスカー」という名前を使っている事です。民鉄有料特急の他社線への乗り入れの前例として「 東武・JRの直通運転による新宿・池袋〜日光・鬼怒川間特急の運転 」という前例が有りますが、その時も東武100系スペーシアで運行される列車には「スペーシア」という名前が前面に出ていましたが、運行に関する宣伝等では「スペーシア」という名前は前面には出て居ませんでした。それに対して今回東京メトロは「ロマンスカー」という名前を前面に出してアピールして居る様に感じました。
 これは「ロマンスカー」ブランドが、「小田急」の枠を越えて東京メトロへも広がったとはいえないでしょうか?。しかも東京メトロが全面的に受け入れての小田急の枠外への展開です。これは小田急の持つ「ロマンスカー」ブランドのブランド力を示していると感じました。このブランド力は無視出来ません、と同時にその可能性を示したと私は感じました。こうなると「ロマンスカー」ブランドを小田急の枠外に出して、より拡大的な展開を図る事が出来る可能性を示したのでは?と感じました。実際問題「どうやってブランドを展開するか?」という事も有りますが、その可能性を生かして安易に思い付くグッズ販売等だけでなく色々な方法で「ロマンスカー」ブランドを広げる事で、小田急に取り「ビジネスチャンス」を掴む事が出来るのでは?という可能性を今回示したのでは?と感じました。


 ☆ (あとがきに代えて)「小田急は、次へ」一体何処を目指すのか?

 この様に世間でも大きな注目を集めた「劇的なブレークスルー」という事も出来る、今回の小田急ロマンスカーMSEの東京メトロへの乗り入れ開始ですが、この乗り入れは東京メトロよりかも小田急電鉄に大きな変化をもたらすのでは?と感じました。
又小田急電鉄では今まで良くロマンスカーのCMを流していましたが、此の頃「 小田急は、次へ 」というテーマでもCMを流しています。このCMは如何もシリーズになっていて今回は「複々線」編となっています。このCMで言っている「線路を増やし電車を増やすそれが快適な移動に繋がる」「何気無い毎日の質を高める」という事も小田急の目指す物でしょうが、果たして小田急は次へ何を目指すのでしょうか?
此処では結論に変えて、今回ロマンスカーMSEの東京メトロ乗り入れで「劇的なブレークスルー」を演出した主役といえる小田急電鉄が、今後どのような方向に進むのか?何を目指すのか?チョット考えて見たいと思います。

 先ずは地道に企業イメージの向上に努めようとする事は間違い有りません。近年小田急も自分の持っている「小田急」「ロマンスカー」というブランドについて、そのイメージの重要さに気が付き出した様に思います。
此処10年以上小田急について色々な側面から見て居ますが、此の頃小田急の宣伝・演出手法がものすごく洗練されて来た様に感じます。それはVSE登場の時にも感じましたが、今回のMSEの時にもその一端を感じます。又小田急でも「ブランドマーク」造りが行われ(そのセンスが良い悪いは別にして)「 新ブランドマーク 」の宣伝・使用が行われています。
 このイメージ路線は基本的な側面で継続されていく事は間違い無いと思います。「小田急」「ロマンスカー」のイメージ向上は、小田急がいう所の「グループ価値の向上」に直結する事です。其処は「グループ力の基礎」として重視して行くと見ます。

  
左:新ブランドマークの宣伝@新宿駅 右:小田急の「次の一手」は複々線インフラの有効活用か?

 又鉄道事業的には、目指すところは只一つ「複々線の完成」でしょう。小田急電鉄の複々線事業は平成23年度完成を目指して現在代々木上原〜梅が丘間で工事が行われて居ますが、小田急電鉄ではこの複々線工事と同時に現在「和泉多摩川〜向ヶ丘遊園間改良工事(3線化)」「新列車制御システム導入工事(D−ATS−P導入)」工事が行われており、複々線の完成と近い時期にこれらの工事が完成すると見込まれています。
 逆に言うと和泉多摩川〜向ヶ丘遊園間改良工事が完成するのが平成21年度・複々線工事が供用開始するのが平成23年度・複々線工事とD−ATS−P工事が完全完了するのが平成26年度であり、それまではこの3事業と近年力を注いでいる車両更新が設備投資の主力になるといわれています。という事は今回のMSEの千代田線乗り入れもそうですが、当分の間は現状のインフラの状態の中で行える範囲での鉄道事業の展開を行う事を意味します。
 この事は現状のままでは「大規模なダイヤ改正を伴う鉄道事業の新規展開は平成23年度以降」という事になり、それまでは基本的には現状を維持する事になります。確かに今回の「ブレークスルー」が当れば二匹目のドジョウを狙いたい所でしょうが、その前提は少なくとも平成23年度までは「大きな設備投資が伴わない」プロジェクトに限定される事になるでしょう。多摩線の延伸なども噂されて居ますが、それらはプロジェクトとして現実化して動き出すとしても大元部分で輸送力が増えて設備投資に対して資金余力の出る平成23年度以降になると思います。この様な事から鉄道事業に関しては「当座は大規模な動きに関しては現状維持で今のインフラで如何に金を稼ぐか?」という点に注力する動きになると思います。
 只「新規エリアへの進出」に関して、鉄道事業で動きが無いとしても他の事業では動きが有る感じがします。小田急の 事業報告書 の中では新規エリアへの進出として「ロマンスカーMSEの千代田線乗り入れ」の他に「バスの新規路線開業」「箱根そば・ストア(オダキューOX)・レストランの新規出店」が打ち出されて居ますが、「バスの新規路線」に関しては噂は聞きませんが、ストア(オダキューOX)は大型店で始めて小田急線沿線以外への出店を行う動きが有るなど、関連事業での「小田急エリアの拡大」に動く事は、動きとして出ていると聞きます。

 その様に見ると、今小田急グループは「小田急は、次へ」といいながら、実際は「次へ動く為の根固め」という時期なのかもしれません。有る意味鉄道だけを見れば、ここ数年「複々線一部完成に伴うダイヤ改正」「VSE導入」「MSE千代田線乗り入れ」等の花火が撃ち上がって居ますが、グループ事業全体を見れば「再編に勤しんでいる」と見る事が出来ます。
 ここ数年の小田急グループの企業再編を見ると、箱根事業の統合による「小田急箱根ホールディングス」の設立・ 不動産事業の小田急不動産への統合及び再編小田急建設株の大和ハウス工業への譲渡と資本・業務提携鉄道メンテナンス事業の再編 など、(方向性が正しいかは別にして)周辺グループ事業での再編という形での改革が行われています。
 この小田急グループ内での再編は、「グループとしてコア事業の求心力を強める」という動きと「コア以外の事業は外していく」という2つの動きを行う事で、企業体力を高めようと言う動きで有ると思います。其処から見るとこの次は「コア事業といえども採算性の低い事業」への対策という事になるかもしれません。百貨店・ホテル等々「もう一段の採算性向上策」を考えださないといけない事業が有る事は否定出来ません。百貨店は伊勢丹OBを副社長に招聘したり策を打っては居ますが、未だ足りない事は容易に予測出来ます。これらの事が「当座に行われる対策」なのかもしれません。

 この様な「グループ強化策」と「複々線等の鉄道インフラの完成」が先ず小田急グループの目指す先なのかもしれません。この様な「小田急グループの基礎体力強化策」が行われた上で、始めて「小田急は、次へ」進む事が出来るのかもしれません。
 その為に準備しているのが「今の時期」という事が出来ますが、準備期間の成功が無ければ次に飛躍は出来ません。グループ自体の競争力の強化と新しい関係を築いた外部との関係・提携強化に加えて、近年積極的に行っているVSE・MSEを中心とした「ロマンスカーの強化策」による、色々な意味で鉄道事業の中核で有るロマンスカーへの各種施策が成功しなければ、次のステップへの飛躍は難しいといえます。
 そういう意味でも、今回東京メトロへ拡大する形でブレークスルーをした小田急ロマンスカーMSEの成功は、「小田急は、次へ」進む為にも非常に重要で有ると思います。今は未だ「様子見」の程度の最低限の投資・運行本数ですが、乗客が増加して直ぐ「編成増備・運行本数増加」となる事を今から期待しています。ロマンスカーMSEの狙いや運行の地域は有望ですから、この期待は直ぐ適うものだろうと今から大きく期待をしています。




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