このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

 

4日目(リューゲン軽便鉄道)

 

 寝坊した。時計を見ると8時半を回っていた。今日はリューゲン島を走る軽便蒸気機関車に乗る予定。出発前、リューゲン島への時刻を検索したところ、列車本数が少なくバスが補完しているようなダイヤで複雑なだけに弱った。乗車予定の列車は9時少し過ぎで急げば間に合わないことは無いが、朝食ぐらいゆっくり食べたい。トーマスクックの時刻表を開いて検討。1時間後の列車でも何とか行けそうな事が分かり一安心。ゆっくり朝食にありついた。


 チェックアウトしてホテルのすぐ隣のシュトラールズンド駅へ。荷物をコインロッカーに預ける。今日の夕方、この駅から夜行でケルンに向かうことになる。最初の予定では、軽便鉄道の始発駅プットブスまで行く予定だったがあきらめ、軽便鉄道の途中駅があるビンツまで行き、そこで軽便鉄道に乗り換える事にした。乗った列車はRB(レギオナルバーン、普通列車)。行き先はリューゲン島の先にあたるザズニッツ。二階建て車両の3両編成で、旧東ドイツ国鉄DRの143型電気機関車が後押しするペンデルツークだ。ペンデルツークとは客車の終端部に運転台があり、機関車の付け替えをせずに往復できる列車のこと。最近では10両を超えるIC(特急列車)などでもほとんどがペンデルツークになった。この列車で途中のリーツォー駅まで行き、そこでビンツ行きの列車に乗り換える。


 列車はシュトラールズンドを発車。次の停車駅はシュトラールズンド・リューゲンダム。ここを発車すると列車は徐行。何かと思えば跳ね橋を渡っている。このあたりはシュトラールズンドの港になっていて船が行き交う。空は今にも泣き出しそうな曇り空。過疎地域かと思っていたら意外に車の数は多い。しかし、列車の乗客は20名程度。列車はベルゲン・リューゲン駅に到着。リューゲン島の中心あたりで、島の交通の要所にふさわしく線路が並ぶ。本来ならここで乗り換えてプットブスへ行く予定だったが、そのまま列車に乗り続ける。


 リーツォーに着く前、車掌が


「ビンツかい?」


 と聞いてきた。


「ヤー」


 と応える。リーツォーに到着。湖のほとりにある静かな駅だった。小さな駅舎の横にはビンツ行きの列車が発車を待っている。今乗ってきた列車と同じ編成。同じ機関車。乗客は5人くらい。発車すると若い男性の車掌がやってきた。ユーレイルパスを見せると大げさな身振りで驚く。何を言っているのかよく分からなかったが、ガラガラの列車には不釣合いなほどノリがよかった。単線のローカル線。列車は林の中を走り、途中小さな駅に2つ停車しオストゼーバート、ビンツ駅に到着。オストゼーとはバルト海のこと。バートは保養地という意味。日本語で言えば「バルト海の保養地、ビンツ」ということになる。反対のホームでは長い編成の寝台列車が停車中。今朝デュッセルドルフから到着した編成であろう。今乗車してきた線路を帰っていく格好で発車していった。リューゲン島の端。こんなローカル路線に長大編成の寝台列車は不釣合いに見えたが、その理由はビンツの街へ出て分かった。

 

リーツォーに停車中のビンツ行き

ビンツにはかわいらしい

ペンションがいっぱい!

到着注視をする女性車掌さん


 ビンツ駅の駅舎は中規模の黄色い建物。ホームもきれいに改修されきれいだ。しかし目的の軽便鉄道駅が見当たらない。駅にあった地図を見ると、ビンツの街の端に軽便鉄道駅の表示があり、街を抜けて行ける事が分かった。少し複雑な経路だったので、デジカメで地図を写してから出発。軽便鉄道の発車時刻までは30分ほどあったので、のんびりと街を散策しながら行くことにした。これが甘かった。


 今までにもドイツでいろいろな街を訪ねたが、ビンツの街は本当に保養地、観光地といった雰囲気が漂っていた。自動車も、散策する観光客も本当に多い。建物は明るく、テラスの大きい建物が目立つ。そのほとんどが家族経営らしいペンションになっていて、「ツィマー、フライ(空室)、シャワー、朝食つき」などの看板が連なる。泊ってみたくなるかわいい建物もあちらこちらにある。空は曇っていたが、建物の白い壁が忘れさせてくれる明るい街だ。寝台列車が乗り入れるには充分な観光地だと分かった。


 などとのんびり歩いていたら、軽便鉄道の発車時刻が迫ってしまった。時計を見ると後7〜8分といったところ。とその時、道路の先を緑色をした小さな客車が横切っていくのを発見。まずい。どうやら乗るべき列車のようだ。駅はまだ見えていない。慌てて列車の見えた方向に走り出す。駅の看板を見つけ角を曲がる。


 あと4分。白い駅舎が見え中へ。切符売り場らしき窓口には先客がいる。


 あと2分。順番が来たと同時に、


「ゲーレン!」


 という。


 あと1分。ホームには列車が2本。ちょうどこの駅で交換中。列車の前には人だかりができていたが、それでもプットブス行きの機関車を1枚パチリ。


 あと何分?。乗車するゲーレン行きの列車は、今まさに女性の車掌が発車合図を出す寸前。


「ゲーレン!?」


 とわざとらしく声を掛け、デッキに駆け込む。と同時に笛が鳴る。ああ、間に合った。これを逃したら2時間列車が無い。少しのんびり歩きすぎた。2日目のICEといい、またもや駆け込み乗車。困った日本人だ。


 乗り込んだ列車は満員。車内の座席が全て埋まり、デッキに立つ人もいた。車内を移動して人のいないデッキを見つけ、そこで過ごすことにした。軽便鉄道の客車のデッキにはドアが無く、安全柵として一本の棒が設置されているだけだ。吹きっさらしのデッキは蒸気機関車の煙をまともに受け、顔も服も汚れる。でもお構いなしだ。石炭の焼けた甘い煙の匂いはなんとも言えないし、この爽快感は車内では味わえない。一度デッキへ出ると離れたくなくなる。カーブに差し掛かると先頭の機関車が見える。タンク型の小さな機関車が、顔を客車の方に向けてバックする格好で引っ張っている。沿線は菜の花畑や湖、ビンツの街と同じようにペンションが立ち並ぶきれいな街並みを見ることができる。


 快調に走っていたが、突然非常ブレーキが掛かった。談笑していた2人の女性車掌もデッキに来て先頭を見ている。なんと踏切が無遮断だったのだ。幸い踏切の前に停車して無事であったがヒヤリとする光景だった。交差する道路は意外に交通量が多い。係員がなにやら操作して踏切を遮断。2分ほど停車して発車した。


 列車は終点ゲーレンに到着。駅にはビアガーデンが併設されて観光鉄道の様相を見せる。機関車の付け替えを撮影した後、駅舎の中で帰りの切符を買う。窓口は女性の担当者、コーヒーを飲んでケーキを食べながら無愛想に先客を相手している。ドイツではよくある光景。


「プットブスまで。」


 と言うと、
「往復券持っていないの?」


 というようなニュアンスが帰ってきた。すると駅舎に入ってきた先程の列車の女性車掌が、


「この人、ビンツから乗ってきたよ。」


 と伝える。ついでに同じ窓口で売っていた汽車のピンバッヂを全種類購入。やれやれ困った日本人だ。この時も後ろで並んでいたほかの客が窓口の女性に私の意志を伝えてくれる。思わずおせっかいを焼いてしまうのもドイツ人。少し照れくさかったがスムーズに買い物ができた。


 帰りの列車に乗る前に、休憩中の機関車を一回りする。デッキが少し前に出ていて不恰好だが、黒と赤の塗装は本線を走る蒸気機関車と同じで堂々としている。車両番号は99−4801。軽便鉄道の車両はすべて99型と呼ばれている。戦前にこの鉄道用に製造された2両のうちの1両である。やはり蒸気機関車は人気者。大人から子供まで自然と人が集まってくる。

 

 

 

ゲーレンで休む機関車

デッキで遊ぶ子供たち菜の花畑を行く


 発車時間が迫ったので客車に乗り込む。今度はゆっくりとデッキ近くの席に着いた。定刻にゲーレンを発車。帰りの列車は空いていた。ビンツまでは来た道を戻る。いくつかの途中駅に停車し、少しずつ客を乗せていた。ある駅で、デッキから車椅子を乗せようとしたときには、車内からも応援しようと何人か集まってきた。私も手伝おうとしたが、結局デッキからは乗れず、広い扉のある車両の方へ車掌が誘導した。困っている人に手を差し伸べるのは世界の常識であって欲しい。


 戻ってきたビンツでは反対列車と行き違う。反対列車を牽引するのは99−782という車両番号。同じ99型でも形はまったく違う。このタイプは東ドイツの軽便鉄道でよく見られたもの。今年50歳を迎えた記念のステッカーが側面に貼られていた。


 ビンツを発車。窓から身を乗り出して写真を撮っていたら、行きと同じ女性車掌に注意されてしまった。やれやれ困った日本人…。ビンツからプットブスまでは家並みからは外れて、林と畑の中を走る、時より池や湖も見られ、景色の良いところでは写真を撮りにデッキに人が集まる。中でも菜の花畑の黄色い絨毯を見ると心躍るのは私と同じらしい。 列車はプットブスに到着。広い構内にナローゲージの線路が並ぶ。下車すると同時にベルゲン行きの列車が発車。やれやれ、これで2時間列車が無い。とはいえこれは予想の範囲内。ゆっくりと軽便鉄道の余韻に浸ることにする。留置されている保存車両や標準軌とナローゲージの交差点をカメラに収める。この日はまだオフシーズンダイヤで運転されていたが、あと1週間もするとオンシーズンダイヤで運転されるようになり、標準軌区間のラオターバッハまで軽便鉄道が乗り入れる。そのためプットブスからラオターバッハまでは、標準機のレールの中に、ナローゲージのレールを敷いた三線区間となっている。

 

 

 

三線区間の入口

プットブスサークル


 ひととおりプットブスの構内を回ってから、プットブスの街中へ移動する。帰りは列車ではなく、シュトラールズンド駅まで行くバスを利用することにした。それでも時間は1時間半もあるので街歩きの時間ができた。ここプットブスも保養地だが、ペンションよりも別荘のような建物が目立つ。街のシンボル、プットブス・サークルは重要な史跡。円形の庭園の中心に小高い石作りの塔が立つ。この辺りの建物の壁は白く塗られ明るい雰囲気。バス停はこの円形の庭園沿いに走る道路にあった。時刻表を確認してから街の中心部へと歩く。とは言っても観光客の姿も見えるが、数件の商店とカフェが並ぶ程度で静かなところだ。


 シアターと市庁舎が広場を囲むように建てられていた。少々殺風景だがこの辺りが観光のメインらしい。カフェで一息つくことにする。店に入ってコーヒーを注文。すると、
「ケーキはいかが?」


 と言われ、勧めに応じることにする。入口近くにあるショーケースの中から、ショコラーデンクーヘン(チョコレートケーキ)を注文。BGMも無い静かな店内でひと時を過ごす。最初店に入った時は他に客が一人いただけだったが、次第に客が入ってきて、コーヒーを飲み終わる頃にはテーブルが埋まっていた。静かな街だがそれなりに繁盛しているようである。


 店を出たが、それでもバスの時間まで時間があったので、カフェの向かいにあったオランジェリ(温室)の看板に従って門の中に入る。ちょうどサイクリングの途中らしい団体も入ってきた。門の中は庭園になっていて幾何学模様に整備されていた。その奥が歴史的な温室になっているようだったが、中を見て回る時間までは無かったのでバス停に戻ることにした。


 バス停に戻ると少年が一人待っていた。一緒に待っていると間もなく上下でバスが2台到着。時間よりも少し早く、シュトラールズンドの表示も無かったが、一応バスの運転士に、


「シュトラールズンド?」


 と尋ねた。


「ニヒト。(違う)」


 と返ってくる。逃したらまた2時間待ちになるので一応確認したのだった。バスからは大勢子供が降りてきて、たちまち賑やかになった。そのまま帰る子もいれば、そのままバスを乗り換えるために待っている子もいる。


 2台のバスが走り去った後、シュトラールズンド行きのバスが到着。運転席の下には「シューレブス(スクールバス)」の表示もあった。ホテルで貰った宿泊者用乗車券を運転士に見せると、OKとの返事。本当に使えるのかどうか半信半疑だったので、得をした気分だ。バスはプットブスの街を抜け、並木がきれいな道路を走る。路線バスとはいえ観光バスのような造りになっているので快適だ。いくつかの集落を経由して客を拾ってゆく。静かで美しい集落が多い。ある集落の停留所では小学生らしき子供が20人ほど乗車してきた。ちょうど下校の時間のようである。シューレブスの表示どおり通学バスとなった。


 集落と並木道を抜けて、バスはシュトラールズンドに近づいてきた。外は小雨模様。併走するのはDBの線路。朝列車で通った跳ね橋もバスの車窓から確認できた。道路ももちろん跳ね橋になっている。跳ね橋を渡り、シュトラールズンドの街へ。左手にはシュトラールズンド・リューゲンダム駅。駅舎は外から見るとレンガ造りの立派な建物だった。


 バスはシュトラールズンド・ブスバーンホフに到着。マリエン教会の裏側だったので下車しようと思ったが、小雨に億劫になり、そのままシュトラールズンド駅まで乗車。下車したら雨は上がっていた。


 乗車する列車まではまだ3時間近くあったので、昨日は少しだけだったシュトラールズンドの街を歩くことにした。昨日とは違う湖沿いの道を歩き、街の中へ。ガイドブック代わりに昨日レストランで拝借した地図を持って廻る。日本で用意したガイドブックよりも詳しくて便利。何より軽いのがいい。少し道を変えてマリエン教会の正面へ。裏通りは寂れていたが、その間から堂々としたレンガでできたの建物が現れた。時間が遅く残念ながら中には入れず。今度はショッピングモールを進む。今日は商店の営業時間に間に合ったので活気がある。少し道を外れて城壁の名残である監視塔をくぐり、街の外周道を歩く。道路の向こうは湖。再び旧市街に入り市庁舎前へ。昨日は無かった国旗が飾れていた。そのまま進むと港に出た。古い倉庫が立ち並び、その脇には帆船が停泊中。観光客もちらほらいたが、あまり活気は無かった。興味深かったのは貨物用の線路が埠頭まで延びていることだ。この線路を辿って行くと小さな跳ね橋にぶつかった。道路と一体になっている珍しい構造。こういうところまで鉄道が生きているというのはうれしい。ここまで来て歩き疲れたので、街中を通って駅に戻った。

 

噴水で遊ぶ子供たち

市庁舎のファザード

シュトラールズンド駅も

歴史ある建物


 駅に戻ったが発車時間まではまだ時間があったので、書店を覗いてみた。ドイツの駅にある書店は鉄道関係の本が街中にある書店より充実しているので、意外な掘り出し物があることもある。ここで見つけたのは、ドイツの蒸気機関車が全て写真で紹介されている小型の本と、リューゲン軽便鉄道のDVD。それからドイツ、スイス、オーストリアの全ての駅を網羅した鉄道地図。自分へのお土産としては大収穫だった。そうしているうちに発車時刻が迫る。荷物をコインロッカーから引き上げ、例の新幹線の店でケバブとビールを調達してからホームへ向かった。

 シュトラールズンドの駅は全ての線が行き止まり式になっているのではなく、通過列車用のホームがあることにこのとき気がついた。そのホームへ上がるとしばらくして列車は入線。145型という貨物用の電気機関車に牽かれた編成は、朝、ビンツで見かけた編成だ。乗車する個室寝台は機関車の次に連結されたダブルデッカーの車両だった。車内は通路から各個室へ小さな階段が付いている、日本の寝台列車の「ソロ」などで見られる構造になっていた。自分の個室を見つけ階段を下りようとしたとき、足を滑らせ階段の下に落ちてしまった。幸い怪我はしなかったが、こんなところで骨折でもしたらとゾッとした。


 個室の鍵は開いていたのでそのまま座って改札を待つことにした。列車はすでにシュトラールズンドを発車。しばらくして男性の車掌がやってきた。が、すごい剣幕で何かを言ってくる。聞き取れたのは、


「ツェン、ミニット。」


 だけであった。


「10分何なのだ?」


 なんだか分からなくなり、車掌の後を付いていく。付いた先は食堂車。ここで私を振り返り呆れ顔をする。


「10分待ってくれ。」


 と言いたかったらしい。やっと分かって個室に戻った。それから10分ほどして車掌が再びやってきた。落ち着いて車内改札。ユーレイルパスの翌日の日付を見て時計で時間を確認している。夜行列車乗車の場合、19時以降に翌日の日付を書いてもよいことになっていて、その確認のためである。固い車掌だ。乗車はケルンまで、朝食は到着45分前の6時15分に指定した。寝るときは鍵を掛けるようにと、鍵の掛け方を教えられる。


 車掌が去り、ケバブとビールで夕食。食堂車でもよかったが、今日は個室を満喫したい。瓶入りのビールは栓抜きが無く困ったが、窓枠に引っ掛けて開け解決。ケバブはボリュームがあり空腹を満たすのに充分だった。個室は2人用で、洗面台やテーブルが機能的に配置されている。洗面台の水の出し方が最初分からなかったが、ボタン式と判明。洗面台と使わないときはテーブルになる。さほど広くは無いが、一人なら十分。二人だと少しきついかもしれない。


 列車はロストックに到着。駅の発車表示を見ると時間があったのでホームに下りる。先頭の機関車は切り離され、反対側に機関車を連結していた。目の前に喫煙コーナーがあったので一服。個室は禁煙なのがつらい。ロストックを発車してしばらくすると車掌がやってきて、座席から寝台にしてくれた。その前にも自分でできないかベッド回りを観察したが、どうやら専用の鍵がないとできないようになっていた。明日の朝は早いので早めに就寝することにした。朝食前には起きなくてはならない。今日、明日の2日は車中泊なのが今回の旅で行程が少し厳しい。

 

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