7日目(ローザンヌ⇒リヨン)
角部屋なので、朝の光がふた方向から差して明るい。窓の外はレマン湖。遠くの白い山から湖面を通って吹いてくる風が少し冷たいが心地よい。窓の外の湖畔に並ぶ建物に生活感はあまり感じられず、まるでテーマパークのハリボテでできたセットのようだ。そう思わせてしまうほど綺麗な街並みだ。
朝食を採りに昨夜と同じレストランへ行く。昨日のウェイトレスは居なかった。昨夜はまあまあの客の入りで賑やかだったが、朝は静かで逆に落ち着かない。
チェックアウトしてメトロの駅に向かう。メトロに乗るのには慣れたが、一日券などの類が自動販売機では売られていないので、その都度、小銭を用意して切符を買わなければならないのが煩わしい。他の客の様子を見ていても、小銭を作るのに苦労している様子だった。
アプト式のかわいいメトロで国鉄駅へ。夕方前にフランスのリヨンに着くこと以外は特に予定は決めていなかったので、午前中はこのローザンヌの街を楽しむことにする。荷物をコインロッカーに押し込み、いざ市内観光へ。日本語のガイドブックは忘れてきたので、頼りになるのは昨日バーセルで買った地図だけだ。
再びメトロの駅へ。今度は山を登る格好でフロンという駅へ向かうことにした。煩わしいがまた切符を買う。今度は同じメトロでも、国鉄駅とフロン駅だけの往復に使われている1両編成の電車に乗る。小さい車体に2〜30人くらい乗り込んで発車。フロン駅はすぐだった。が、フロン駅に到着すると、2枚ある扉のうち、1枚だけが扉が開いた。何事かと思えば扉には数人の職員が立ち、切符のチェックをしている。抜き打ちの検札だ。煩わしいと思っても買っておいて良かった。もし切符を持っていなかったら、相当の罰金を取られることになる。
駅を出ると結構な高さを登ってきたのに気付く。それでも丘の中腹といったところ。繁華街へはまだ坂を登らなければならなかった。入り組んだ坂道を適当に上の方へと歩く。かわいらしい木造の屋根の付いた階段を登ると、そこは街のシンボルノートルダム教会。ここから街が一望できる。遠くには雪をかぶった山、そしてレマン湖。眼下には茶褐色の屋根の建物が連なる。入り組んだ路地を見下ろすのもまた楽しい。
ノートルダム教会の中へ入る。カーテンの奥は静寂が支配する空間。祭壇に花が飾られ、ステンドグラスを通って来た光が幻想的な色を造る。時計を見ると日本では会社の選抜試験の真っ最中。十字を切って後輩の健闘を祈る。
| | | テーマパークのような街並み | ノートルダム教会の内部 | 急斜面に並ぶ建物 |
ノートルダム教会を出て、登って来た屋根付きの階段を今度は下る。登って来たところとは別の方向に、屋根付きの階段がさらに続いているのを見つけそれを降りていく。結構な急斜面だが、その斜面に沿って階段状に建物が建っている。なかなか絵になる街並みだ。階段を下りると市庁舎前の広場に出た。広場をオープンカフェが囲み賑わっている。坂を下るように路地を歩くと、フロン駅の近くに戻ってきた。この辺りは商店街になっていて多くの人が行き来している。道路の交通量も多い。走っているバスはメトロと同じ色をしたトロリーバスだ。スイスでは路線バスにトロリーバスが使われていることは特に珍しくは無い。さすが環境に関しては先進国。こういうことは素直に認めたい。
来るときはフロン駅までメトロを使ったが、帰りは下り坂なので歩くことにした。国鉄駅までの下り坂も周りに店が立ち並ぶ楽しい道だ。カフェやレストランもあり、ランチタイムのメニューが黒板に書かれているのだが、フランス語圏へ来てフランス語のお品書きがあまり分からないことに少し不安になる。そう思っているうちに国鉄ローザンヌ中央駅に着いた。
荷物を引き上げ、ジュネーヴ行きのホームへ。時刻表を見ると今度の列車は「EC」(国際特急)と書いてある。どんな列車が来るかと楽しみになる。入線してきたのは、白い車体に緑と青い帯を巻いたイタリア国鉄FSの客車で編成された6両編成の列車だった。この色使いには爽やかさでお洒落。これがイタリアのセンスなのだろうか。車内も明るいながら落ち着いた雰囲気。1等車のコンパートメントを占領する。ローザンヌからジュネーヴまでが1時間弱なのが惜しい。
列車は定刻にジュネーブ・コルナヴァン駅に到着。ここで約40分後のTGVに乗り換えてフランスのリヨンに向かう。TGVの座席指定券を持っていなかったので窓口に並ぶ。口で説明するのが煩わしいので、メモに発車時刻と「TGV」と書いておく。順番が来たので、早速ユーレイルパスとメモを見せ、「リヨン、大人1枚、1等」とリクエストする。あっさり通じた。は、いいのだが、窓口係員は同僚と話しながら切符を発券する。ヨーロッパでは普通のことなのだろうが、やはり気分の良いものではない。手数料5スイスフラン。座席指定券を受け取りその場を去る。
ジュネーヴ発のTGVはフランス方面行きの専用ホームから発車する。ホームへ上がるにはスイス出国とフランス入国の審査を通らなければならない。中が見えないようになっている「フランス」と書かれた自動ドアの中に入ると、コンコースの雑音は聞こえない緊張した空間になっていた。パスポートを準備して、人ひとりしか通れない通路を荷物を引きずって通る。
まずはスイス出国の窓口。…誰も居ない。 続いてフランス入国審査。…こちらも誰も居ない。
以上、無事フランス入国。パスポートにスタンプを押してもらいたい私にとっては少し残念。
緊張感が漂うゾーンを抜けると売店が1件、ぽつんと客を待っていた。スイスフランのコインを使い切るために、サラミ入りサンドイッチを購入。少し寂しいが今日の昼食になる。ホームに登ると既にリヨン行きTGVは入線していた。先頭車の写真を撮り、指定された号車に向かうと、なんと2等車である。購入するとき窓口で向こうから1等車であることを確認してきたのに、である。横向き発券で不快だったが、これでは本末転倒。発券されたときに確認しなかった私も悪いのだが…。仕方なく指定された席に座る。TGV乗車は10年ぶりくらいになる。前回はアトランティック線のパリ〜トゥール間を乗車した。南東線は今回が初めてだ。この車両も色は変わっているものの、もともとはオレンジ色の20年選手で、車内も少しくたびれている。2等車の感想は、日本の在来特急の普通車並み。あえて言えば座席間隔は少々狭いように感じた。
| | | ローザンヌ駅 | ジュネーヴ行きのEC。FSの車両。 | ジュネーヴ駅で発車を待つTGV。 |
13:36、ジュネーヴを発車。発車してすぐ、列車はフランス国内に入った。鉄道設備の違いが代わるのを見ると、国境を越えたことが容易に分かる。鉄道趣味を持つ者のちょっとした喜び。かもしれない。乗車した車両は禁煙車だったので、途中、タバコを吸おうとビュッフェへ行くが、残念ながらここも禁煙。コーヒーをすすりつつ我慢。ドイツやスイスに比べ、フランスは喫煙に厳しいのだろうか。渋々座席へ戻る。喫煙マナーの他、ケータイの使用マナーにも厳しくなったらしく、携帯電話使用可否のステッカーが車内のいたるところに貼られている。ステッカーのデザインはかわいらしいのだが…。
列車は定刻15:25に、フランスはリヨン・パール・デュー駅に到着。日差しが眩しい。コンコースに降りと多くの人で賑わっていた。ただ、ドイツのようにコンコースを絶えず人が流れているのではなく、コンコースのいたるところで人が留まっているように見える。
ここパール・デュー駅はTGVのターミナルなので、翌日のTGVを予約しようと、自動券売機を触ってみる。英語にも対応しているので、列車予約はあっさりとできるのだが、決済の画面で止まってしまう。クレジットカードが使えないのだ。指定されたカード会社のものを使っているのに、である。機械を変えて何度トライするもダメ。やはり決済ができない。仕方なく窓口へ行くが、窓口はヨーロッパ名物長蛇の列。仕方なくこの場は諦め、ホテルに近いリヨン・ペラーシュ駅に向かうことにした。ちょうど入線してきた二階建てのTGV−D(デュプレ)に乗車。リヨン・ペラーシュ駅までは5分くらいだった。
ペラーシュ駅に到着。パール・デュー駅に比べると少し小さい印象だ。駅舎も古く石造りの建物に、ホームをアーチのドームが覆うヨーロッパの典型的な駅のつくり。TGVの隣にはローカル線のディーゼルカーが発車を待っている。コンコースに上がる。窓口を見ると5〜6人しか並んでいない。「しめた!」と思い並ぶ。パール・デュー駅では30人は並んでいたのだ。メモに明日乗るTGVの発車時刻を書き、英語でやり取りする。今度は希望通りの1等車。列車は二階建てのTGV−Dと分かっていたので2階席をリクエスト。これで一安心。
切符の購入を終えてホテルへ。ホテルは駅のすぐ横にある「シャトー・ペラーシュ」。昨晩に続いて古城ホテルである。チェックインを済ませ、リヨンの街へ出ることにした。ここリヨンへ来た理由は、世界遺産に登録されている歴史地区を見たかったからである。
まずはメトロに乗ってフールヴィエールの丘のふもとへ行く。ローザンヌのような個性的なメトロではなく、白と赤に塗られた普通の地下鉄。車両も設備もまだ新しい。
ペラーシュ駅からベルクール駅で乗り換え、ヴュー・リヨン駅で降りると、目の前に現れたのはサン・ジャン大司教教会。中へ入ると傾いた太陽の光がステンドグラスを通して差し込んでいる。薄暗い堂内と色の付いた光とのコントラストがなんとも言えず美しい。
サン・ジャン大司教教会の次はケーブルカーに乗ってフールヴィエールの丘に登る。フールヴィエールの駅を降りると、白い壁が眩しいノートル・ダム・ドゥ・フールヴィエール寺院が迎えてくれた。ふもとのサン・ジャン大司教教会よりひと回り大きい教会で、リヨンのシンボルでもある。向かって右側の入口から中へ入ると、上下に分かれた階段がある。まずは下へ降りてみる。ひんやりとした薄暗い空間に、賛美歌が響き渡る。声の主はマリア像に祈りを捧げる女性。祭壇のドームは金箔で飾られている。ここも素晴らしい教会だと、感心して降りてきた階段を登るときに、そういえば上に登る階段もあったと思い出す。登ってみると、こちらがメインであることに気付く。なんとこの教会、2階建てになっていたのだ。上の階はとてつもなく高い天井に、こちらも豪華に金箔が施されている。この派手さ、豪華さには圧倒された。ドイツやスイスではこれほどまでに装飾がされたチェペルには出会ったことが無い。薄暗い下の階とは対照的に、ステンドグラスからの光が明るい。ただただ驚いて寺院を出る。
寺院の裏手のテラスからはリヨンの街を一望できるテラスになっていて、この時間も多くの観光客で賑わっていた。街を見下ろすと、ケーブルカーで登って来ただけあり、やはり高い。ガイドブックの写真はここより高い寺院の塔の上から撮影されたようだが、残念ながら既に閉まっていて登ることはできなかった。
寺院を後にして、ローマ遺跡に向かう。道のりは住居が並ぶ街の中で、こんなところにローマ時代の遺跡があるのかと思ってしまうようなところだった。数分で遺跡の入口に着く。遺跡は公園のように整備されていた。大きな石でごつごつした石畳は、確かにローマ時代のそれのようだ。ガイドブックによると、ここにある古代ローマ劇場は、紀元前43年につくられたものでフランス最古。しかし今でも現役。ちょうど演劇のリハーサル中だった。このような円形の劇場が残っていることも驚きだが、現在でも催しに使われていることはもっと驚きである。
| | | サン・ジャン大司教教会にて。 | 丘の上に建つノートル・ダム・ドゥ・ フールヴィエール寺院 | 古代ローマ劇場はリハーサル中。 |
ローマ遺跡を後にして歴史地区へ向かうことにする。サン・ジャン大司教教会付近一帯だが、地図を見るとさほど遠くないので、ケーブルカーを使わずに歩いていくことにした。車道沿いの歩道を道なりに歩いていると、とてつもなく長い階段道を見つけた。地元の住民らしき人がそれを降りていく。面白そうなので、私も降りてみることにした。いくら長い階段とはいえ、下りなら気も楽だ。階段は建物と建物の隙間のようなところにある。時々振り返って見上げると、登る意欲がなくなるくらいの高さになっている。しかしながらこの辺りはちょっとした路地裏写真にももってこいの場所で雰囲気がいい。階段を降りきったところは、思いがけずサン・ジャン大司教教会のすぐ横。一気に目的地へ来てしまった。そのまま石畳の歴史地区を散策することにする。
このリヨン歴史地区、旧市街の街並みは、イタリア・ルネッサンス様式の影響を受けた16世紀頃の建物が並んでいる。というのはガイドブックの入れ知恵であるが、この街へ来て見たかったものがある。それは、トラブールと呼ばれる回廊である。織物業が盛んだったこの街で、建物と建物の間を行き来する時、織物が雨に濡れてはいけないということで、建物の裏側に無数の回廊が作られた。回廊は非常に入り組み、表の道路に出なくてもいくつかの建物を行き来できてしまう。それらの回廊が今でも現役で、地元住民はそれらを抜け道や生活道路として今でも使っているのである。この様子を何年か前にテレビで見かけた時に、この不思議な空間を体験したくなった。これがリヨンに来た理由である。といっても、これらトラブールは生活空間の一部で、建物の裏側に広がっているため一般の観光客がなかなか入れる様子のところは少ない。トラブールの入口らしき大きな扉には、住民しか入れないように暗証番号付きのロックが掛かっている。
トラブールを探して歩いていると、そのうち入口の扉が開いているところを見つけたので、入ってみた。表通りの雑踏の音が遮られた薄暗い通路を進むと、中庭のようなところに出た。中庭といっても4〜5階はある建物が集まってできたちょっとした空間なので、わずかに光が差す程度である。上を見上げると、それぞれの建物の形が互いに自己主張しながら、いびつな形の筒を作り出しているようだ。らせん階段の円筒形。互い違いの窓の配列。アーチで飾られた廊下。それぞれ個性的で、その空間では不思議の世界に紛れ込んだような気分になる。中庭に子供の声が響く。それに続く母親の声も。どの建物からかはわからない。しかし、この不思議な空間は、生活空間の一部であること、今でも現役であることは確かめることができた。再び表通りに出ると、なんだかワープゾーンから抜け出た気分になった。
| | | 歴史地区の街並み | トラブールの中庭から空を見上げる | ホテルの窓から撮ったリヨンの夜景 |
歴史地区の旧市街をしばらく散策して、メトロでペラーシュ駅に戻る。今日の夕食はペラーシュ駅近くの「ブラッスリー・ジョルジュ」という店に決めた。100年を越す歴史と、450人が一度に食事ができる大ホールというのも魅力的だが、もっと魅力的なのはここの名物は「ビール」であること。自家製のビールがとてもおいしいということで足を運んだ。入口でギャルソンに案内され店内へ。なるほど広い。体育館に整然とテーブルが並べられているようだ。ちょうど中央付近のテーブルに案内される。まずは名物のビールを注文。飲みやすくて旨い。料理はメニュ(定食)を注文。ビールに合わせてソーセージがメインのメニュだった。フランスまで来てソーセージかと思ったが、その盛り付けやソースのアレンジは、しっかりフランス料理のテイストだった。これでビールがすすむ。大ジョッキ3杯。ドイツでもこんなには飲んでいない。いい気分になっていたら、向かいの席に花火付きのケーキが運ばれる。と同時に手回しオルガンからハッピーバースデーのメロディーが流れる。今日の主役は赤いシャツを着た初老の女性。客席から拍手が沸き起こる。
溶けそうに甘いチョコレートムースをエスプレッソで締めて店を出る。ホテルまでは徒歩すぐのところ。窓の外にはフールヴィエールの丘の上でライトアップされたノートル・ダム・ドゥ・フールヴィエール寺院が美しく輝く。酔いも回っていたのですぐに横になる。
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