8日目(リヨン⇒パリ) 今日で旅の最終目的地、パリへ向かうことになる。ユーレイルパスも昨日で全て使い果たし、列車での長い移動も今日で最後だ。12時過ぎにパリへ向かう列車を予約してあるので、午前中はリヨンの街を散策することにする。チェックアウトして駅へ。まずは荷物を預けることにするが、フランスでは何年か前にテロ対策としてコインロッカーを撤去してしまった。「手荷物預かり」のサインを頼りに歩いて行き着いたのは、駅の一番端に位置する小荷物扱い所。英語はあまり通じなかったが、何とか荷物を預かってもらう。料金は5ユーロ。
身軽になったところで街へ。メインの観光名所は昨日見て回ったので、今日は気軽に散策したい。まずはメトロに乗ってオテル・ドゥ・ヴィルで下車。オペラ座前のモダンなデザインの噴水に若者が集まる。リアルな馬の石像が印象的なテロー広場を通ってソーヌ川に出る。川に沿って立つ建物が整然としている。それでいて明るい雰囲気なのは澄み切った青い空のせいかもしれない。
ソーヌ川を渡り少し坂を上がると、国鉄のサン・ポール駅の前に出た。サン・ポール教会のすぐ脇にある駅で、行き止まり式の小さな駅だ。赤い扉を押して駅舎に入る。窓口では何人か切符を買うため並んでいた。そのやり取りの声が高い天井に響く。ホームに出ると、ローカル用のディーゼルカーが発車を待っていた。行き先は聞いたことの無い地名であったが、古びたボックスシートのディーゼルカーに揺られたい衝動に駆られた。といっても今回は時間が無い。またの機会に。ということで、ヨーロッパ旅行の楽しみがまたひとつ増えた。
サン・ポール駅を後にして再び歩く。昨日歩いた歴史地区はすぐであった。今日は明るい時間にゆっくり散策できる。もう少しトラブールを体験したいと思った。名物の操り人形店の前では、動く人形に子供が夢中になっている。広場では団体様ご一行がガイドの説明に聞き入り、画学生たちは写生に興じる。カフェやレストランはランチタイムの準備に忙しい。時計は11時を指していた。
建物から観光客の団体が出てくるのが見えた。入れ替わりで中には入ってみると、そこは中庭が開放され、トラブールの一部を見ることができるようになっていた。通路のアーチや、螺旋階段が納まる塔などは表通りからは見られない。壁は特に装飾されていないが、窓の配置や色使いは独特だ。裏側であるが故に、質素で機能的なデザインになっているが、だからこそ表側以上に味わいや歴史を感じる。そしてこれらが未だ現役であることが何よりすばらしい。
再び旧市街を歩いていると、今度は古い建物の中を観光客らしき人たちが歩いているのを見つけた。入口を探してみると、そこにはミニチュアミュージアムと書いてある。パリ行きTGVの発車時刻が迫っていたが、せっかくの機会なので入場料を払って見学することにした。
| | | サンポール駅 | 操り人形に夢中の子供 | ミニチュアミュージアムの中庭 トラブールの一部が見学できる |
エントランスを抜けると、アーチが連なる回廊に出た。石造りの柱は近くで見ると思っていたより頑丈そうだ。階段を上がり2階へ。中庭に面した部分がテラスのような造りになっていて各部屋を繋いでいる。建物そのものにも興味深いが、展示物もまた魅力的である。ここに飾られているミニチュアは、手作りの精巧なものばかり。モチーフはいろいろで、ドールハウスのように部屋を再現したものもあれば、SFの世界に出てくるような乗り物までさまざまだ。製作中のものの中に、昨晩訪れた「ブラッスリー・ジョルジュ」もあって感激した。昨日見た店内が、約1メートル四方で見事に再現されている。これらが400年を経た建物に展示される。なんとも奇妙な取り合わせにも感じるが、この辺りが新旧を融合させて更に新しいものを創っていくヨーロッパ人の気質なのだろうか。もう少しじっくり見て回りたかったが、列車の時間が迫ったので駅に向かう。
メトロを乗り継ぎ、ペラーシュ駅に着いたのはパリ行きTGV発車の数分前だった。荷物を受け取りホームを走る。チケット刻印機の前には女性の係員が立つ。チケットを刻印し、係員に見せてから進む。指定された号車を探す時間はなく、開いているドアから乗り込む。間もなくドアが閉まる。また駆け込み乗車。本当に困った日本人だ。後で刻印された時刻を見たら、発車1分前だった。
息を切らしながら席に着く。乗車したのは2階建てTGVのTGV−D(デュプレ)。指定したのは1等の2階席。昨日の間違えて振られた2等車とは違い、座席間隔もシートピッチも広い。そして何よりも車両が新しくて快適だ。1等の客層は、やはりビジネスマンが多い。乗車率は30〜40%といったところ。まずまずだ。途中、車内販売が回ってきて、ランチボックスを売っていた。少し気になったがビュフェの様子を見たかったので今回はパス。
車内販売が落ち着いたところでビュフェに向かう。TGV−Dは車両同士が2階で貫通していて、車両間を渡る時に階段の上り下りが無い。日本の二階建て新幹線ではこうはいかない。ビュフェはちょうど昼時で10人程の列ができていた。しまった。車内販売が正解だった。仕方なく一番後ろに並ぶ。販売員は2人で忙しく動き回る。思ったよりテキパキと注文をこなしており感心する。そういえば、長蛇の列の切符売り場はなかなか進まないが、カフェのカウンターは長く待たせる印象が無い。もちろん注文内容が簡単なせいもあるが。立ち席のビュフェは大混雑だったので、サンドイッチとカプチーノを買って席に戻る。車窓は最高速度260キロで景色が飛んでいく。ちなみにこのTGV南東線は、丘陵地帯をトンネルで貫通させずに丘の稜線を沿うように線路が敷かれているため、下り坂で勢いを付けて次の上り坂を登っていくという、まるでジェットコースターのような線形をしている。最高速度を出すのは下り坂を下り切っている時なのだそうである。しかし2階建てでも揺れの少ない車内にいると、それを感じるようなことは無かった。
どこまでも広がる農耕地帯が続いていたところに建物が目立ち始める。列車はパリに近づいた。定刻にパリ・リヨン駅に到着。最後部に近い車両に乗車していたので、コンコースへは遠い。ホームに降りると、周りは銀色のTGVだらけ。フランスの鉄道はTGVが主役であることを象徴している光景だ。
荷物を引きずってコンコースに向かうと、そこはまるで野外コンサート会場のように人であふれかえっていた。ドイツやスイスと何か雰囲気が違う。ふと気付いたのだが、ドイツなどではコンコースにこれだけの人が溜まっていることはない。コンコースの人は流れているのだ。しかしフランスではコンコースで何かを待っているかのように、皆、立ち止まっているのだ。そう、何かを待っている。人々の視線の先はコンコース中央に掲げられた大きな発車案内板。10年前にパリを訪れたとき、列車の発車番線は15分前くらいにならないと決まらないという話を聞き、実際そうであったが、未だそのようである。ドイツやスイスでは、日本同様、発車番線は決められていて、時刻表にも掲載されている。だからホームで列車を待つことができる。しかしここフランスではホームが分からないのでコンコースで表示が出るまで待つしかないのだ。人の流れを止めているのは、この行き当たりばったりの運転システムと小さな番線表示なのである。
| | | リヨン駅に並ぶTGV | 路駐のシトロエン2CV | アールヌヴォー時代の装飾が されているメトロの入口 |
メトロに乗って北駅、ガール・デュ・ノールへ移動。予約してあった駅前のホテルにチェックインする。星3つで値段もそこそこだが、プチホテルのようで部屋もさほど広くない。中庭に向かって窓はあるが、壁しか見えない。しかしながらバスルームの造りや壁紙の装飾は、パリそのものといっていいかわいらしいセンスだ。
荷物を置いて街へ出る。行き先はモンマルトル。モンマルトルからパリが始まったとか、一番パリらしいところとかいわれている場所だ。数年前公開された映画、「アメリ」の舞台もこのモンマルトルが中心になっている。パリのどこにでもある庶民的なカフェで働く、チョット内気で空想好きな女の子の話は、フランスのみならず世界的にヒットした。そんなパリの裏路地を見たくてここへやってきたのだ。
モンマルトルの散策は、メトロのアベス駅から始める。アベス駅の出入り口はアールヌーヴォー時代のガラス屋根で装飾されている。アベス広場ではメリーゴーラウンドなどの子供用の遊具が設置されて黄色い声が響いていた。道路を挟んで建っているのがサン・ジャン・モンマルトル教会。中に入ると、教会の中を傾いた日が差し、ステンドグラスがカラフルな影を造っていた。モザイクで彩られた祭壇もかわいらしい。
教会を出て街を散策。小ぶりな面構えの店が並ぶ。ファインダーで切り取るとなかなか絵になって面白い。路上駐車のクルマはぎっしりと並ぶ。やはりフランスの3大メーカー、ルノー、シトロエン、プジョーの小型車が多い。坂の途中にY字路に建つ八百屋をみつける。路地にある普通の八百屋で風景に溶け込んでいるが、ここが映画「アメリ」に出てきた、「コリニョン食料品店」。映画で使われた看板がそのまま使われてそれと分かる。もちろん普通の食料品店として営業している。人通りが少ない路地にあるが、ここが目的の観光客が多く、立ち止まっては写真を撮っている。
ムーラン・ド・ラ・ギャレトの風車を横目に進むとテルトル広場に出た。階段を使わず道なりに登ってきたが、アベス駅からはかなりの高低差がある。広場を囲むように、みやげ物屋やレストラン、カフェが並び、観光客で賑わっている。画家が似顔絵の客引きをしているのもここの名物だが、日本語で話し掛けられるのは興醒めである。画家といえば、モーリス・ユトリロが好んで描いたのも、このモンマルトル界隈。このテルトル広場や居酒屋ラパン・アジルを描いたものが数多い。ユトリロの描いた白い壁の建物たちはそのままのようだ。
| | | 映画「アメリ」に出てきた 「コリニョン食料品店」 | テルトル広場の似顔絵屋 | アメリの舞台となった 「カフェ・ドゥー・ムーラン」 |
観光客にまぎれて更に進むとサクレクール寺院に出た。サクレクール寺院は1914年に完成した比較的新しい教会。ユトリロが描いた頃はまだ出来たばかりの頃ということになる。モンマルトルの丘の頂上に建ち、ここからはパリの街が一望できる。寺院の前の階段は人で溢れ、皆、その眺望に見とれている。人を掻き分け中に入る。広く、明るい堂内に、豪華な装飾。この旅行で見てきた教会の中では髄一である。観光としては一度来れば満足するといったところである。
寺院を出て裏に回る。表側は人でいっぱいであったのに、裏側は静かな住宅街だ。観光客向けの店も無く、静かな路地が延びている。石畳が低い太陽に照らされて輪郭をはっきり描いている。見たかったパリの風景がそこにはあった。
来た道を戻る格好で丘を降りる。またも似顔絵の客引きに遇う。「ドコカラキマシタカ?」と聞かれたので、「ドイツだ。」と応える。ウソは言っていない。
次に尋ねたのは、映画の中でアメリが働いていたカフェ「カフェ・ドゥー・ムーラン」。丘のふもとの角にそのカフェはあった。パリのどこにでもあるような庶民的なカフェだ。映画の後、モンマルトルの新観光名所となったようで、店内は大盛況。映画で見て思ったほど店内は広くなく、テーブルも椅子もぎっしり。空席を見つけてビールを注文。注文を取りに来たのはアメリのようなかわいらしい女の子…ではなくジーンズの青年。座った席はカウンターの向かいで、店内の様子を見渡せる。座っているのは思ったより地元の客が多いが、時折店内でフラッシュを焚いて記念撮影しているグループもある。カウンターの曲線と店内の奥の方は映画のままだが、入口近くのタバコ売り場が無くなるなど、少し改装されていた。ビールを飲み終わり、もう一杯。今度はミント水を頼む。
「マンタ・ペリエ」
と言ったら、
「ペリエ オゥ マント」
と言い直される。ペリエはフランスで有名なミネラルウォーター。出てきたのはチョット濃い目の赤いミント水。瓶入りのペリエで好みの濃さにしていく。「アン カフェ シルブプレ」もいいが、下町のカフェでこんなお洒落な飲み物はいかがだろうか。
帰り際にトイレに寄る。トイレの中は世界各国から来たアメリファンの落書きで一杯。日本語もある。このトイレでの情事も映画の有名なワンシーン。気になる方は「アメリ」をチェックしてもらいたい。
メトロで北駅に戻る。夜にゆっくり食事できるのも今日が最後。駅近くのブラッスリーへ入る。注文したメインは「自家製鴨のコンフィ」。やわらかくて美味しい。スイーツはホイップ添えのワッフル。座った席は通りの様子が見渡せる席で、道行く人を見ているのも楽しい。エッフェル塔や凱旋門を見上げているときよりも、カフェでのひとときを楽しんでいるときが、パリへ来たことを実感するのである。
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