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越智越人

『鵲尾冠』(越人撰)


享保2年(1716年)、板行。

私は越路の者に候間、名も越人と申候。壯年に及ぶ比より故郷を出、流浪仕、貧乏にて學文など申事不存、

   此發句は芭蕉、江府船町の囂(かまびすしき)に倦
   み、深川泊船堂に入れし、つぐる年の作な
   り。草堂のうち茶碗十、菜刀一枚、
   米入るゝ瓢一、五升の外不入、名を
   四山と申候。

似合しや新年古き米五升
  芭蕉翁

 雪間をわけて袖に粥摘
    其角

紋所その梅鉢やにほふらん
    杜國

   其角句は類柑子に出たる付合也
   杜國句は土岐一癖子家にて、椋梨一雪
   杜國が奇作を聞と、難句五句出しけ
   る其一の付合也。

元日の炭賣十ヲの指黒し
   其角

 吹雪を祝ふあたらしき簔
   杜國

辛崎の松は花より朧にて
   芭蕉

   芭蕉・其角句は人の知たる發句也。
   杜國句は予、芭蕉と杜國草堂にて、
   三吟の時の付合なり。

   世の雜煮喰ふ時、雜水をくらふ草
   堂に

のさばつて肱を曲たり宿の春
    越人

傳に曰袴着ぬ物ぞ宿の春
   仝
  神祇伯
青柳の眉かく岸の額かな
    守武
  
天花菜(ツクツクシ)とて蔓拾ひ梟
    荷兮
濃刕 垂井宿
相撲とる名ぞ憂りけり菫草
   規外

白芥子や時雨の花の咲つらん
  芭蕉翁
  
朝顔は扇の骨を垣ほかな
   其角
  
草の葉にころび遊べや露の玉
    嵐雪

   春は芭蕉翁と同じく、吉野の花、
   須磨・明石の朧月に杖を引、鞋を踏
   みしも射ル矢のごとくにて、翁は深川
   の芭蕉菴に歸リ、我は伊良古の吟
   など嘯きけるに、其所々に著し檜
   笠の壁にかゝりけるを見て、越人
   が方へ申つかはしける

年の夜や吉野見て來た檜笠
   杜國

   杜國が不幸を伊良古崎にたづねて、
   鷹のこゑを折ふし聞て

夢よりも現の鷹ぞ頼母しき
   芭蕉

鶴の巣にあらしの外のさくらかな
   芭蕉

   二度草堂をいで、尾陽に來るとき
   箱根にて

山路來て何やらゆかし菫艸
  芭蕉翁

 蝶行かたやさくら咲らむ
   越人

   野渡无人舟自横といふ詩は無形の畫
   なり。空しき舟に鷺をのせて及第せし
   畫は有形の詩也。此景情飲水冷暖自
   知するが如く、しる人は知り見る人は
   見る。されば西行上人は秋の夕ぐれを、
   岨の立木の鳩の聲に五百年ノ前に聞、
   芭蕉老人は枯枝の烏に秋の暮を五百年
   の後に見る。たゞ一器の水を一器に移
   せり。

枯朶に烏のとまりけり秋の暮
  芭蕉翁

 木棉(キワタ)ゑむ田の中の畑
   越人

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