このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 
 
 

皇姑屯機務段の端っこで・・・
はじめて間近に観た前進型!あまりの迫力に・・・



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瀋陽駅
瀋陽駅
お昼過ぎの瀋陽市内、夕方に飛行機に乗るまでの僅かな間、ぽっかりと自由時間ができたので、蒸気機関車を観たいと思ってタクシーに乗り込んだ。蒸気機関車なんか、どこで観れるか知らんと訝しがる運転手に、何とかどこかで活きた蒸気機関車を観てみたいと説明しても、何であんな物を観たいのかと、逆に質問される始末・・・。
 
「とにかく蒸気機関車を観たいんや、どこかないか?」
「蒸気機関車?知らんなぁ・・・。」
 
そんなやりとりの中で一つの地名が思い浮かんだ。
 
“蘇家屯”・・・
 
それは、蒸気機関車陳列館がある場所の名前だった。
その蒸気機関車陳列館は機関区の外れにあるということを聞いていたので、陳列館ではなく、その機関区へ行けば、まだ活きた蒸気機関車を観ることができるのではないかと咄嗟に思ったのだ。
 
「蘇家屯、そう、蘇家屯駅へ行ってくれ!」
「蘇家屯駅?わかった。蘇家屯の駅でいいんだな。」
「ああ、頼むよ!」
 
蘇家屯へ行ったからといって、活きた蒸気機関車を観ることができる保障なんて全く無い。だいいち、いくら蒸気機関車陳列館を併設しているからといって、その機関区に現役の蒸気機関車が残っているとは限らない。完全に勘、いや、全くの思い付きだ。何の根拠も無い思い付きなのだから、全く無謀な事この上ない。でも、活きた蒸気機関車を観てみたいという強い思いが、何の根拠も無い無謀な行動をとる私の背中を、後ろから強く押してくれたのだ。
不安な気持ちと期待感が交錯する中、タクシーは蘇家屯駅に向かって走って行く。
 
もうすぐだという運転手の言葉を聞いて窓の外を見ると、おそらく鉄道が走っていると思わしき壁の向こうから、何となく煙が上がっているのが見える。蒸気機関車の煙なのか?不安感が一気に期待感に飲み込まれていく。
蘇家屯駅に着くと、まだ訝しがる運転手に代金を払ってタクシーを降りた。
 
(さて、私を乗せたタクシーは蘇家屯へ向かったはずだったのですが、どうやら私が連れてこられたのは、蘇家屯ではなく皇姑屯という駅だったようです。壁越しに見えた煙に夢中で駅名など見る余裕も無く、運転手も「もうそこが蘇家屯駅だ」と言っていたので、今までここが蘇家屯だと信じて疑いもしませんでした。
この訪問時には蘇家屯だと信じて疑いもせず、また、最近まで同じように思っておりましたが、このたび皇姑屯であることが判明しましたので、ここから先の地名・機関区名の記載を皇姑屯に改め、訂正いたしました。
ご指摘いただいた羊肉さまおよびみなさま、おかげさまで中国の友人たちにも確認をとり、この機関区が皇姑屯機務段であることが確認できました。ありがとうございました。)
(平成18年(2006年)9月12日 改定)
 
そして、小さな駅の前から、さっき煙が見えた方向へ歩いていく。すると、そこに見えてきたのは、なんと、単機で出発準備をしている前進型蒸気機関車だったのだ!
 
タクシーの中で偶然思い浮かんだこの地名、そして、私をこの無謀とも思える行動に突き進ませた大きな力。それは全て間違いではなかったのだ!
さらに進むと、鉄道を跨ぐ跨線橋が見えてきた。そして、その向こう側には、煙や蒸気で煙っている場所がある。はじめに見たときには、そこが何なのかちょっととまどった。しかし、その場所が何なのか、数秒もしないうちに理解できた。
そう、そこは、
 
皇姑屯機務段(機関区)!
 
気持ちはすっかり舞い上がって、早足でその跨線橋を駆け上がる。そして、そこから見えた景色に絶句してしまった。
機関区の敷地内に、蒸気機関車が煙や蒸気を上げて佇んでいる。それは今まで白黒写真でしか見たことのなかった景色。その景色が今、私の目の前に総天然色で現れたのだ。私は半ば放心した瞳で、しばしその景色を眺めた。
機関区の中に佇む何台もの蒸気機関車が、その町の中で生活しているかのごとく、当たり前のように“活きて”いる。
 
「宮原操車場も吹田機関区も、きっと昔はこんなんやったんや・・・。」
 
まもなく21世紀を迎えようとしている平成9年(1997年)、私は中国で、日本では遠い昔に消えてしまった風景に出会うことができたのだった。
跨線橋から観た蒸機の機関区に感動・・・
跨線橋から観た蒸機の機関区に感動・・・
「おーい、何してるんやー?降りておいでー!」
 
私の足下から野太いおじさん声が聞こえる。カメラを構えて写真を撮っているのを咎められるのだろうか?一瞬緊張が走る。しかし、跨線橋の下から私を呼ぶ彼の表情は笑顔で、片手で手招きをしている。彼の傍らには機関区の詰所があり、その中からも一人、笑顔で私を見上げている。
 
「降りておいで、ここから写真を撮ったらどうや?」
 
彼は笑顔で手招きをしながら、私に機関区の詰所の横から写真を撮るように招いてくれているのだった。咎められると思いきや、全く反対に歓迎してくれているのだった。
 
「うん、わかった!今行くよ!」
 
私は彼の招きにありがたく甘えることにした。
跨線橋を降りて、さっきから何人もの地元の人々がしているのにならって、踏切でもない鉄道の本線を渡った。ふと皇姑屯駅の方を見ると、遠くから汽笛を鳴らしながら、蒸気機関車が近づいてくるのが見える。カメラを構えると、バック運転の前進型が貨物列車を牽引し、力強いドラフト音をとともに、誇らしげに私の前を通り過ぎて行った。シャッターを切った後の一瞬、ただただそのカマを呆然と眼で追って、正気に戻ると、振り向いて夢中で機関区の入口にある詰所に駆け寄った。
バック運転で貨物列車を牽引する前進型
バック運転で貨物列車を牽引する前進型
詰所の前では、さっき手招きしてくれたおじさんが立っていた。笑顔で私を迎えてくれた彼の後ろにある小さな円筒形をした詰所の入口の窓からは、若いお兄ちゃんが2人、興味深そうに私を覗いている。
 
「こんにちは!」
「やぁ、君は汽車が好きなのかい?」
「そうです!一目蒸気機関車が観たくて、ここまでやって来ました!」
 
彼にこう伝えると、笑いながら答えてくれた。
 
「ハハハ、そうなのか。どうだ、ここには蒸機がたくさんいるだろ!」
「そうですね!蒸気機関車の機関区なんて、今まで観たことなかったんです!今日はこんなに素晴らしい風景を観ることができて感激です!」
「それはよかった!ところで、君はどこから来たんだ?」
「日本です。日本から来た日本人です。」
「えっ?日本人なのか?!中国語で話してるから中国人だと思っていたよ!ハハハ!」
 
出た(笑)。
私が日本人である事を伝えると、だいたいの中国人はこう答えるが、これは中国語を話す外国人に対する一種のお約束なのだろうか?
 
「以前イギリス人が来たことがあったけど、日本人ははじめてだよ。」
「そうなんですか?」
「ああ、日本人は珍しいよ。まぁとにかく、好きなだけ蒸機を観ていってくれよ!」
「はい!ありがとうございます!」
 
ありがたいお言葉をいただいて、詰所の横から撮らせてもらうことにした。
さて、カメラを構えようかというとき、詰所から様子を伺っていたお兄ちゃんが一人、外へ出てきた。
 
「次はあの機関車がこっちへ来るよ。すぐ横の線路を通過するから、ここから出たらダメだよ。」
「ありがとう!」
 
しばらくすると、操車係が乗った前進型がゆっくりと近付いてきた。一旦停止すると操車係がステップから降りて、両手に持った旗で機関士に何やら伝えている。その間、前進型は、蒸気を上げながら佇んでいる。その姿のなんと威風堂々としたことか!かっこいい!
機関区の奥から出てきた前進型
機関区の奥から出てきた前進型
しばらく佇んでいた前進型が「ドッ!」という音をたてたかと思うと、ゆっくりと動き始めた。「シュー、シュー」と蒸気を出しながら、だんだん私のほうへ近付いてくる。そして、大きな鋼鉄の“生き物”が、そびえ立つ山のように私の視界を覆い尽くした。真っ赤に塗られた5つの動輪が、ゆっくりと、ゆっくりと、私の目の前を通り過ぎていく。現役の、今まさにこの皇姑屯機務段から出発しようとしている“活きた”蒸気機関車が、私の目の前をゆっくりと通り過ぎていく!
 
「これは、これは一体・・・」
 
あまりの迫力と、まだこの景色に心のどこかで半信半疑な自分が、一瞬この現実が何なのか解らなくする。しかし、すぐに正気に戻って理解した。
 
「そう、これこそが“活きた”蒸気機関車、そして、街の中に活き続ける蒸気機関車の機関区なんや!」
 
“活きた”蒸気機関車と街の中に活き続ける蒸気機関車の機関区。もう日本では遠い昔に消えてしまった貴重な鉄道風景を、私は瀋陽の地で、この眼で観ることができたのだった。
 
「どうだい、気に入ってもらえたかい?」
 
私を招いてくれたおじさんが、誇らしげに私に声をかけてくる。
 
「は、はい!もう、何か夢を見ているようで・・・」
「ハハハ!それはよかった!」
「蒸気機関車の迫力に圧倒されて、もう・・・」
「そんなに気に入ってもらえてうれしいよ。まぁ、こっちでゆっくりしてくれよ。」
 
彼はそう言って、私を詰所の中に招き入れてくれた。
ほぼ四畳半ほどの詰所の中には白木造りのテーブルと椅子があって、おじさんと若い係員が2人、タバコを一服やりながら腰掛けている。
 
「おい、日本から俺達の蒸機を観に来てくれた日本の客人に失礼だろ!」
 
こう言って軽く笑いを誘い、おじさんは若い2人のうち1人を立たせて、私を椅子に座らせてくれた。
勧められたタバコは丁重にお断りして、しばし日中両国の鉄道談義に花が咲いた。
 
 
目の前を通過!
目の前を通過!
しかし、そんな楽しい時間も長くは続かなかった。
しばらくすると、機務段の偉いさんが巡回で詰所にやってきたのだ。
 
「おい、お前ら、こいつは何者だ?部外者を詰所に入れていいと思っているのか?!」
「彼は日本から来た火車迷(鉄道マニア)で、うちの蒸機を観てえらく感激してくださっているんだ。」
 
なんかえらいことになってきた。
おじさんは慌てる様子でもなく、落ち着いて淡々と説明してくれている。しかし、偉いさんの私を見る鋭い視線は、この場に極度の緊張を強いている。
私はただ、ことの成り行きを見守る事しかできない。
 
「日本から来た火車迷だと?」
「そうなんだ。彼は蒸機の写真を撮っているだけなんだ、怪しい者ではない。」
「写真?ここで写真を撮ったのか?」
「そうだ、蒸機の写真だよ。彼はただ蒸機が好きで撮っているだけなんだ。それぐらい構わないじゃないか!」
「・・・・・そうか。本来ならフィルムを没収するところだが、今回はお前に免じて許してやろう。さぁお前、火車迷、さっさと出て行け。」
 
おじさんが申し訳なさそうに私のところにやってくる。
 
「この偉いさんが、お前にどうしても蒸機の写真を撮らせないと言って聞かないんだ。悪いけど、今日は帰ってくれないか?」
「わかりました。こちらこそご迷惑になってしまったようで申し訳なかったです。」
「いやいや、こっちこそ、せっかく遠い所からはるばる来てくれたのに申し訳ないよ・・・。」
「いえいえ、おかげさまで活きた蒸機を間近で観ることができました。それに、もう日本では無くなってしまった蒸気機関車の機関区で、夢のようなひとときを過ごすことができました。本当に感謝しています。」
「そうか・・・。」
「一生忘れられない思い出ができました!本当にありがとうございました!再見!」
「ああ、じゃあまたな!再見!」
 
とても申し訳なさそうなおじさんと、若い係員に見送られ、偉いさんが鋭い視線を光らせる中、私は皇姑屯機務段を後にしたのだった。
 
***
 
皇姑屯機務段で夢のようなひとときを過ごしてから3年、仕事で瀋陽から来た方とご一緒する機会がありました。いろいろお話していると、彼女は蘇家屯に住んでいるとのこと!早速、蘇家屯機務段の蒸機はどうなっているか尋ねたところ(コラ!)、蘇家屯の蒸機はまだ現役だとのことを、「どうしてあんなものが気になるんですか?」と、少々訝しげに答えてくれました(笑)。
しかし、それからしばらくして、蘇家屯機務段が電気機関車の基地となり、蒸機は退役してしまったという風の噂を耳にして、大変残念に思いました。
ただ、ここが蘇家屯ではなく皇姑屯であったとわかった今、もう望みはないとしても、彼らの今の様子を、或いは、彼らがどのような運命を辿って使命を終えたのか、大変気になるところです。
 
私に一生忘れられない思い出をくれた皇姑屯機務段。
時は流れて、カマは電機に替わっても、もう一度あの跨線橋に、機務段の端っこに立って、往時を偲んでみたいと願っています。
あの思い出の、皇姑屯機務段の端っこで・・・。
 
訪問:平成9年(1997年)11月
 
最後までご覧いただきありがとうございました。


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