写真 | タイトル | 写真 | タイトル |
| ファイアーオレンジ塗装時代の
3150形3163号
京成津田沼 1990年5月4日
3150形は1963年2月〜11月、3151〜3194の44両製造。写真の3163〜3166編成は1963年2月製。1983年11月〜12月更新・冷房化、1994年6月塗装変更施行。1995年秋、3167〜3170と共に北総へリースされ、北総7050形7051号として2003年1月末まで使用された。
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| 旧青電の2100形2101号
京成船橋 1987年6月3日
晩年の2100形2101号。1952年7月製造の同車、撮影時は車齢35年で、1971年の更新から16年。2007年時点の3500形最初期車と同車齢。同車は、1988年3月にさよなら運転を行い、往年の青電塗装に戻された。
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| 高架化工事着工前の大神宮下駅上りホームに
進入するさよなら運転時の2102号
大神宮下 1988年3月28日
1980年代後半〜1990年代初頭は、京成のみならず、各私鉄会社で、昭和20年代以前に製造された旧形車が消えた時代だった。写真の2100形・210形もその一員で、これらは電気ブレーキをもたないが、カルダン車で、撮影時は全廃前のリバィバルカラーに戻しさよなら運転を行った時。2100形・210形は1988年3月末日をもって形式消滅し、京成から青電形式は淘汰した。京成の釣掛営業用車は、撮影時から丸8年前の1980年3月の500形を最後に消滅し、関東大手私鉄会社としては、最も早く釣掛営業用車が消滅した。
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| 3000形3001号
京成津田沼 1989年7月12日
写真の3001は1958年デビュー、日本初の地下鉄乗入用私鉄車両の京成3000形トップナンバーだった。1980年代末、3000形3001〜3008は4連普通運用に使われる事が多かった。前面貫通扉を開け、行先表示板を変える光景も、3000形が淘汰した1991年春以降は見られなくなった。
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| 3050形3055号
京成上野 1993年8月14日
1959年製造の3050形3051〜3074は、1990年3月〜1991年3月に冷房化、および方向幕・種別幕取付を行ったが老朽化が著しく、1993年3月より廃車が始まった。写真は晩期の姿。3055は1993年秋より予備車扱いとなり、1994年9月に廃車になった
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| 千葉急行線乗入開始当日の
3050形3067号
みどり台 1992年4月1日
写真の3067〜3070編成は、1995年4月〜1996年3月、千葉急行にリースされ、3050形の中では最後まで残った。撮影日は千葉急行線(現京成千原線)千葉中央〜大森台開業日。撮影から4年後に千葉急行で晩年を迎えた同編成は、千葉急行乗入開始日に乗り入れた。
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| 3050形3070号
京成津田沼 1992年10月11日
3050形は冷房化後は4連普通運用の千葉線・千葉急行線・金町線等に使用される機会が多くなった。 |
| 千葉急行にリースした
3050形3071号
京成津田沼 1994年2月20日
3071〜3074は、1994年1月から丸2年、千葉急行にリースされた。引込線から、京成津田沼駅ホームに進入中、上り線は都営5300形。
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| 晩年の3100形1次車3105号
柴又〜金町間 1995年7月上旬
写真の3105は1960年製で撮影時は35歳だった。翌、1996年春に廃車。
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| 晩年8連で運用に就いた
3100形2次車3121号
千住大橋 1995年8月19日
3121は1961年12月製(3100形2次車は1961年12月〜1962年2月に3121〜3136の16両新製)、1998年12月まで使用された。1996年3月以降、千葉急行にリースされたが、同社解散時、一旦京成に戻された。写真の千住大橋駅、目の前の工場も今はない。
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| 3100形2次車3125〜3128編成
検見川 1994年5月15日
写真の編成は、1997年5月末まで使用。1996年1月以降は千葉急行にリースした。
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| 3100形2次車3128号
京成西船 1993年7月17日
3128は1994年3月に新塗装化。写真はファイアーオレンジ塗装時代で、冷房化は1988年3月に施行済だった。
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| 3100形2次車3129号
京成津田沼 1993年11月14日
3100形は1993年11月より塗装変更が始まり、1994年6月までに3109〜3112を除いて完了。写真の3129〜3132編成がその第一陣となった。正面の帯配置も3150形更新車と同様になった。
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