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俳 書

『しぐれ会』(安永2年刊)


芭蕉没後、80年。

夫世に師父の忌日をとふらふとて、少祥・大祥の忌よりはしめて、七回忌といひ十三年といふ。これかならす年月の数にはあらて、たゝ罔極の恩を忘るましきためなるへし。こゝに祖師芭蕉翁桃青翁、元禄七年十月十二日難波の浦に遷化し給ひ、此寺に棺を納め奉りしより、ことし安永二年今月今日は、八十年に相当せり。されはその風雅の流に浴しこの道にたとらん人、いかて懐旧報恩の情なからんやと、過し年は諸国の同門の人に告て、此寺に一宇の影堂を造立して芭蕉堂とよひ、去年は洛陽・湖南の友をかたらひて、国分山にひとつの碑を建て、 幻住庵 の跡をとゝむ。これみな懐旧報恩の情のあまりなるへし。されは人の命の翌をも期せされは、まして百年忌のいたれるを待へからすと、例の社友今日此寺にあつまり、香花を供養し、懐旧の俳諧を興行して、いさゝか報恩になそらへ奉る物なり。その世に其角か枯尾花の発句せし初七日追善の会ありてよりこのかた、今日にいたりてすてに八十年、物かはり星うつれと此会の絶さる事、不可思議の祖徳たるへく、かつは此地にこの道をつたへたる丈草・正秀・尚白・乙州かむかしの志にも背かす、ちかくは松琵・雲裡・文素・可風かこゝろさしをもつけるといふへし。猶ねかはくは、祖翁の風雅の余徳倍増威光し、此堂の軒端朽すこの廟の石かたふかて、粟津野ゝ風なかく吹つたへ、湖水の月とゝもにあきらけく、百年忌・千年忌にいたらん事を、義仲寺芭蕉堂の影前にて、

蝶夢敬白

   探 題

ちる木の葉中にましるや髪の落
    重厚

芋生し土うつ高し冬かまへ
    沂風

手に折て見れは哀や帰り花
   瓦全

一しくれ門の菜の葉や背戸の竹
    蝶夢

   四来奉納
   各題時雨
  杵築
水仙の猶うるはしや朝しくれ
   一幹

しくるゝや堅田は見えすひとつ松
   竹馬

八十年もかはらぬけふのしくれ哉
   柳下

しくれ会や粟津に降は何の雲そ
   蘭里
筑前福岡
世を経れと雲あたらしき時雨かな
   蝶酔

しくるゝや跡にまたおく嶺の雲
   梅珠
  
しくるゝや八十年淡き鳰の水
   杏扉
  笹栗
芭蕉葉を染て尊し村しくれ
   其両
  内野
影法師はぬれすに行や片しくれ
   なみ

月影はよその明りやむらしくれ
   依兮
  直方
夕くれは唐崎に行け初しくれ
   文沙
豊前小倉
一しくれつゝかゝやけり塚の面
   春渚
播磨鹿児川
草の戸に灯も吹けして小夜しくれ
    山李
伊勢洞津
京からの雲を此日の時雨哉
    宗雨

しくるゝや音聞ふとの紙合羽
   座秋
尾張鳴海
八景を十にも見せつ晴しくれ
    蝶羅
 三河国府
八景をふりて粟津のしくれ哉
    米林
  東武
あら海の空てなくなるしくれ哉
   門瑟

その松は朧のまゝかゆふしくれ
   阿誰
  
はせを忌や仏にならふ人は誰
    烏明
  
白菊もまたしらきくや初しくれ
   吐月

白々と桜にかゝるしくれ哉
    蓼太
上野高崎
碑の面ふりぬけふまて幾しくれ
    雨什

我しらぬむかしを今もしくれけり
    素輪
陸奥津軽
片山は日あしを見せて夕時雨
   漁光

柴くへて時雨の音をきく夜哉
   里圭

   三井晩鐘

しくるゝや晩鐘の音波の音
   如髪

   比良暮雪

絶頂は雪の夕や北しくれ
   巨石
加賀津幡
初しくれ竹ふるはせて見たりけり
    見風
美濃垂井
降捨て跡見ぬ松の時雨かな
   君里

色々に時雨はこふや雲の足
   文下

初しくれ見わたす海の中よりも
   只言
  
枝も葉もけふの時雨にむらはなし
    諸九

   出席捻香
  伊賀
けふにあふも命なりけり夕しくれ
   桐雨
  浪花
此道や行けと時雨にかき曇り
   旧国
  洛陽
時雨会や道々ぬれし墨の袖
    沂風
  嵯峨
うつむいて塚に時雨をきく夜哉
   重厚

去年の冬、蝶夢法師の建られし 石のしるし を見て、こゝなん庵の跡よと懐旧のなみたをなかす。そも祖翁此山に住給ひしは、元禄三年の夏にして、ことしまては、八十四年に成ぬれは、礎のひとつも見えす。その世の名残とては、たゝまつたのむの椎の木立のみ今もしけれり。

されはこそ小笹にうつむ椎のから
   重厚

されと風景は、いく年を経てもかの記に書給ひしに、いさゝかのたかひめもあらす。

見給ひし雪は比良にも三上にも
   沂風

かたへの岨に石の高く見えたるは、一夏こゝに山籠りし給ひて、法華経を一字一石に書写し埋み給ひし経塚とか。枯し萩すゝきをかなくり、土をうかちぬるに、さゝやかなる石に、朱にて「有」といふ文字のあるをさかし得たり。

雪に霜にきえすや法の玉柏
   吾東

文字のかたちはさたかならねと、我も一ツ拾ひ得ぬ。

しくれして文字あらはせよ経の石
   沂風

うしろの峰に這上りて、

つむ木の葉猿の腰懸さかし見ん
   桐雨

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