大里の玉石垣
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

  八丈島の見所スポット林道探索の書 〜今日もどこかで林道ざんまい〜 
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     10 南原千畳敷
     11 舟付鼻
     12 ナズマド・ナカノママ
     13 永郷文教場跡の碑
     14 八丈島歴史民俗資料館
     15 宇喜多秀家住居跡
     16 大賀郷「大里」地区

大賀郷大里地区の陣屋跡にある「大里の玉石垣」

八丈島は昔から暴風雨の多い島で、雨や風から住居をまもるためにオリと呼ばれる溶岩や玉石の石垣をめぐらせ、その上(土手という)にツバキやシイなどの常緑広葉樹を植えて防風林を作っていました。

中世以来島の政治や経済、社会、文化の中心地であった大賀郷大里地区には島の旧家や有力家が多く、そのため住居を玉石垣で囲んでいる家が多いそうです。大里バス停そばの現在は歴史民俗資料館となっている陣屋跡の玉石垣がとくに有名です。






物凄い数の玉石がきれいに積み上げられています

よく眺めてみると、1個の玉石のまわりを6個の玉石が囲む形で形成された石垣。美しい風情のある八丈島の伝統的な景観ですが、玉石は横間ヶ浦の浜から流人によって運ばれ、1個の石をおむすび1個で運んだとも言われています。

島の歴史を今に伝える玉石垣ですが、積み上げられたおびただしい数の玉石に流人たちの厳しい過去がうかがい知れるんですね。海岸からここまで1個運ぶだけでもどれだけヘトヘトになったことでしょう。しかもたった1個のおむすびのために・・・。






大里地区内のあちこちで見られる玉石垣

大里地区では都道沿いにも玉石垣がありました。しかし、これは都道の拡張の時に積み替えられたものらしいです。






観光客のやって来ない住宅地にもあった玉石垣

都道から引っ込んだ何気ない普通の住宅地にも玉石垣が! 八丈島の玉石垣といえば陣屋跡のものが有名ですが、地区内ではあちこちに玉石垣が残されているようです。

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