夏目成美



成美の句

しづかなり冬の夜あるく雪ちどり

『春秋稿』（第二篇）

うすたれやかさも紅葉も雨の音

『春秋稿』（第三篇）

まほろしや湖の水志賀の花

『風羅念仏』 （法会の巻）

蜉蝣飛や焼野のあとのかぜかぜたるミ

『安佐与母岐』

宵の雨海苔うつ家にひといりぬ

『春秋稿』（第四篇）

名月の雲に吠るや山の犬

『葛の葉表』

梅が香を袂に入てそら寐哉

梅がゝに動きそめけり虫のから

『續一夜松後集』

ひとつ火に光りかはすやふゆの月

『宰府日記』

名月の空に吼るや山の犬

『猿墳集』

藤の實や雫に腐る五月雨

『其梅』

名月の雲に吼るや山の犬

『華鳥風月集』

簑虫の身のあせもせて歸り花

『潮来集』

秋なすひ薬に焼そ哀なる

『松葉塚』

名月や親子さしむく人の家

『此まこと』

浮雲や影さしめぐるさとの梅

『関屋帖』

蚊の聲もともにたのもし朝念佛

『水薦苅』

凩に吹出されてきりぎりす

『たびしうゐ』

　　　忘憂の酒は雫ものむ事をよくせす、
　　　遺悶の詩歌は文字つゝるへきさきく
　　　もなし、勝鹿の野夫白日を背にうけ
　　　て墨の濃なかれに足をあらふ

華のかけひとりをかしき物わすれ

『衣更着集』

名月やわするるころを風のふく

『春秋稿』（第六編）

後には松の上野を冬籠り

『俳諧八僊歌』

花にくれてひとり按摩の独かな

『はなのつと』

行時雨松の間はすゝき哉

『松の炭』

草の露雨降中を置にけり

『春秋稿』（編次外）

名月や親子さしむく人の家

『俳諧百家仙』

虫啼や海の際迄露の玉

『春秋稿』（第七編）

　　　すみた川にて

人うつす水の心も春なるか

『黒祢宜』

はる雨や窓はいくつもほしきもの

『さらば笠』

古家や草の中より百合の花

『波羅都々美』

起いでゝ何にもなしや秋の空

『たますり』

大根曳て松はひとりになりにけり

『ななしどり』

名月やこと葉つゝしむ夜の人

『つきよほとけ』

春の日も蛙にまけて暮初し

『水の音』

翌日の事忘れうならば雪の中

心なのさくさくきりや初若菜

『鶴芝』

居ねぶりのうちも梅咲日なた哉

『せき屋でう』

花の中少し散れともおもふ也

『青郊襲号記念集』

鎌くらの春は先咲椿かな

『風やらい』

鶯をきくにもさハるむぐら哉

青柳のかぶさる家を好もしき

『むぐらのおく』

はる風のあとさきもみな噺かな

夏の夜を毎日松のあさ日かな

『はたけせり』

春を見に浅草川を渡りけり

『有磯蓑』

かけろふのこれにいつたつ厚氷

『頓写のあと』

はやすこし柳にさハる春の月

『続雪まろげ』

挑灯のふくれなからや霜の原

『おくの海集』

京へ出る心もなしや秋の蝶

『くさかね集』

五月雨も水くむほどの晴間かな

『曽良句碑建立句集』

菜の花にかすみそこなふ山家かな

『苔むしろ』

駒牽よあすは都のをみなへし

『繋橋』

幸清も七種うつをきかれけり

『玉の春』

蝶舞や薪三把も門ふさげ

『古今綾嚢』

あら寒や立居に見ゆるやふれ傘

『しぐれ会』（文化６年刊）

竹を見る心と成て春は行

『遠ほととぎす』

梨子柿もあのき木になるか冬の月

『菫草』

うそいはゞ今も死たし玉まつり

『物の名』

茄子見ても夏はゆふべぞおもしろき

『続草枕』

一瓢上人の新室ハ、俳士をあそバしめむれうなりとぞ。われまづ一夜ふた夜のまくらに疊を汚さむとす。
夏ちかの誰も柱によりやすし

『物見塚記』

松竹に思ひも入れず鷦鷯（みそさざい）

『随斎筆記』

なにゝこの袴きる世ぞ蝉の聲

『俳諧道中双六』

なまなかにかへる家あり華盛

『名なし草紙』

春の草お七が墓に人見ゆる

『なにぶくろ』

杓子とる妹か朝かほ咲にけり

『栞集』

東海道残らず梅に成りにけり

『株番』

蜂の子の散か桜の朝雫

『信濃札』

山吹の実もとまるかや閑古鳥

『やまかつら』

淺草やすゑは稲葉にみかの月

『世美冢』

みしか夜や橘匂ひ月はさす

『青かげ』

きのふ見し旅人もどる五月雨

『三韓人』

としよれは度をうしなふや花盛

『豆から日記』

　　　物むづかしきあたりなれど、さすがに松など
　　　立渡したる

小家みな我春々と思ふかな

『杖の竹』

大竹もなひくや鳫のわたり初

『的申集』

　　　閑室独座

日は過ぬ木ずゑの柿と見あひつゝ

　　　題西行上人

此おくに住人あれなやま清水

『迹祭』

露の身といふも誠や枕もと

『あなうれし』

　　　よろづ病がちに老くちて友もとしどしにな
　　　くなりぬるを

露の身をもてあつかふや五月雨

『俳諧西歌仙』

畑打や金もほり出ぬものゆへに

『秋の風』

名月や子日せし野は遠過る

『さらしな記行』

あすこにと廻はるゝかな雨の月

『小夜の月』

花を見る心いくたひ替りけり

『阿夫利雲』

何に此の袴着る世そ蝉の声

『雪のかつら』

青草の少しもあれは時雨けり

『しをに集』

五月雨や我かつしかは露の陰

『わすれす山』

はよ暮よ三日はかりは何にせん

『袖塚集』

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