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井上士朗

『麻刈集』(士朗編)


寛政5年(1793年)、芭蕉の百回忌記念集。

 俳諧の正風はわが尾張の国に吹おこりて、『冬の日』の五歌仙成ぬ。そのかみ、芭蕉翁、「侘尽したる侘人、われさへ哀におぼえ」ぬとて、身を こがらし に風狂して、都鄙をりをりの吟行には、かならずこゝに来り給へり。其ころ、 熱田 に詣で給ひて社頭の大に破れたるを、「蓬・しのぶ、こゝろのまゝに生ひたるぞ、なかなか愛度よりも、心とゞまりける」と申されけるが、其後、磨(とぎ)直す鏡に造営をよろこび、 水鶏啼と人のいへば 、佐屋の泊りに仮寐せられき。海べの 鴨の声 白く、千鳥啼 星崎のやみ に心をよせて、 笠きてわらじはきながら 、其年もはやくくれにけり。 代かく小田の行もどり に親き人のなつかしとや。 粟稗 のおくに草の庵を尋ね入、 刈田の鴫 に清閑を〆給ふ。其帰るさの夕ぐれには、「 有とあるたとへにも似ず 」と古寺の月をあはれみ、 艸まくら犬も時雨るゝ 夜をかなしむ。或日、「書林風月と聞し名もやさしく覚えて、しばし立よりて休らふほどに雪の降出しければ、

   いざ出ん雪見にころぶ所まで

 丁卯臘月はじめ、夕道何某に送る」と興じ給へるぞかたじけなき。

   真蹟は風月堂孫助が秘蔵也。

   「いざゝらば」は再案なり。

 其句の古きをとひよれば、其家の久しきも亦めでたし。不省士朗、百年の遠忌をとぶらひはべらんと、此句に脇つけてわが師暮雨叟にうかゞひけるが、第三・第五とひろごりて、其巻半はとゝのひぬ。われ何の幸ひぞや。されど、其師も今はなくなり給ひぬ。けふわれ風月堂中に席を設けて、人々を会(つど)へ、ともに翁の真蹟に礼拝して、こゝに其まきの後を次ぐ。

   雪之巻

いざゝらば雪見にころぶ所まで

 百年さむき有明の松
    士朗

塩筵小(さゝ)鯛いくら背裂らん
    暁台

 又さし出す薪の燃えさし
   朗



   雪のはじめて降ける日、枇杷園に対酌して

雪もてる雲の尻兀(はげ)ちからなし
   暁台

   都の焼土を見めぐりはべるに、人々の家居
   はいまだ三ッが一ッにもたらず。石くすぼり
   木々枯て、草色ひとり蕭々たり。

初雪の都にうれる板戸哉
   士朗
  信スハ
つくづくと雪の古寺詠めけり
    自徳

   呼続・松風の里を過て

雪に出て昼の宿とる独り哉
   臥央

雪の日や心ほど高きものもなし
   羅城

   凩之巻

木がらしの身は竹斎に似たる哉

 壁にしみつく冬のよの月
   白図

碪うつ遠山本の年くれて
   士朗



   登八事山

木がらしに仏の皃のしづか也
   岳輅
  三岡ザキ
こがらしや夕山鳥の啼わかれ
    卓池

   木曽山中

片てるや日も木がらしの行あたり
   桂五

   千鳥のまき

星崎の闇を見よとや啼千鳥

 時雨の中に落る三日月
   岳輅

小腕(こがひな)を撓(ため)す芝射の弓冴て
   士朗



   三河にて

生海鼠干す袖の寒さよ鳴く千鳥
   士朗


海暮て鴨の声ほのかに白し

 煙りて跡の寒きわらの火
   沙漠

檜皮むく苔のしたゝり踏〆て
   暁台



   冬枯の巻

信夫さへ枯て餅かふ舎哉

 霜の枯木の光る日の朝
   蘭水


  
捨果し気色でもなし冬木立
    闌更

   旅寐の巻

旅寐よし宿は師走の夕月夜

 市のほこりのうごく埋火
   昆明

歩行人の鳥つけてゆく白梅に
   暁台


  播州
春の旅草の枕もおぼろ月
   玉屑
  仙台
哀なる人にすれたる尾花哉
    巣居

   年暮の巻

年くれぬ笠着て草鞋はきながら

 川尻寒く青むしろほす
   紀鳳

梅柳ほろほろと枇杷の花ちりて
   暁台

けさの連歌を書付ておく
   士朗



   春雨の巻

笠寺やもらぬ窟も春の雨

 水ちらちらと梅の花皿
   騏六

時しらぬ鳥を柳にへだつらん
   士朗



   水鶏の巻

水鶏啼と人のいへばや佐屋泊

 雨降残るうの花の門
   閭毛

篠の束乱れやすくてみだれけり
   暁台



   鴫の巻

刈あとや早稲かたかたの鴫の声

 十日の月の光る柿の葉
   計之

落る歯を包む袂に露みえて
   士朗



   粟稗の巻

粟稗にとぼしくもあらず屮の菴

 秋のこゑしるむら雨の丘
   臥央

うちあぐる鶴の頭に月出て
   士朗



   間居
  仙台
独をればひとり万歳来り鳧
    丈芝
  信州
秋の夜の深がうへに間垣哉
    素檗
  
啼ぬ時つかひ見えたる雉子哉
   百池

   月の巻

有とあるたとへにも似ず三日の月

見ゆるものみな露けかりけり
   羅城

ひよろひよろと小艸がもとの米花(こごめばな)
   暁台



   暮雨叟に具せられて三河のさかひに至る

二むらや三河に出る秋の月
   岳輅

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