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俳 書

『藤の実』(素牛編)


元禄7年(1694年)5月、『藤の実』(素牛編)刊。 正秀 序。

素牛は 広瀬維然 の別号。

衣にもあらず、羽織にもあらず、荒布の一重を肩にかけたるは、其操にひかれて目にもたゝず。寅(宣)風坊のほとりに、家一つを三つに分て、四畳半の座中に柱さへかどかどし。欠たる鍋、煤けたる行燈をしめして、月花のためには、朝暮の煙をだにかへり見ず。其のよる所、一方に落ざれば、専(もはら)風雲の友を得ることやすし。滑<シル>谷小関の捷径<チカミチ>をぬけて、湖水の春に漱(くちすす)ぎ、淀・樟<クツ>葉をへて、難波の月に嘯く。たまたま山藤の力をたぐりて、頃(このごろ)一つの集思ひ立ぬ。はなは宗祇の昔に匂ふとかや。実は蕉翁の吟に熟して、普く人の翫(もてあそび)となれり。しかれども、椎・樫のけぢかく、栗柿の興あるたぐひを離れて、ひたすら深山下風(おろし)にがらめきつゝ、塵打払ふ枝葉は、素牛子が心に任てはびこり行むもの、其限をしらず。



   秋

   関の住、素牛何がし、大垣の旅店を訪はれ侍り
   しに、かの ふぢしろみさか といひけん花は、宗
   祇のむかしに匂ひて

藤の実は俳諧にせん花の跡
   芭蕉

さぞ砧孫六やしき志津屋敷
    其角

   雲津川にて船よぶ人多かりけれど、むかふ(う)
   にさしとめて見むかず

秋風に耳の垢とれ渡し守
    去来

七夕に出て兎も野をかけれ
    酒堂

七夕や先寄あひてお(を)どり初(ぞめ)
    素牛

   閉閑の頃

蕣や昼は錠おろす門の垣
   芭蕉

   芭蕉菴に宿して

蕣や夜は明きりし空の色
   史邦

一通り猪の牙の跡の薄かな
   之道

渋笠やここで着初めむ花薄
    丈草

鵯に立ち別れゆく行脚坊
    正秀



   仲秋翫月雑説
丈艸 杜多著

 月の大きさは其見る人によりて定れることなし。気力の猛に健なると、くだりてたゆめるとよりぞ、かくは替れるものならし。又おもふに、血気うすらげる人は、万に心細く過し、四年五年の秋を忍び、此二夜三夜のあそびをあだにせず、情を催す事の大なるは、彼光を見るのたぐひならんや。まして風騒の旅寝をはかなみ、入江の浪に枕をそばだつ。槧人(さんじん) 酒堂 は、此秋の光をいかゞ見られけるにやと、洛の 素牛 子を伴ひて、浪華の幽居を敲くに、主(あるじ)大にうなづき悦て、競ひ集る門下の人々を携へ、一酔一詠、心々の佳景を沙汰す。此頃は雨気の雲一筋をかけず、吹ちぎりたる大虚(おほぞら)は、いづこも常ならぬ気色を、梨の梢に見晴して、松の下枝に瓦灯をかゝぐ。待宵は蓑立子が亭にして、八つの鐘を聞たり。望チは猶晴まさりて、旭<アサ>日のさし出づるより、今宵の月は手に入ておぼゆ。暮を待ず高津の宮居近く一船に乗こぼれて、末は茨住吉に漕捨てぬ。芦の葉陰に袒(はだぬぎ)て、「露は今宵より白し」と見あげたれば、月は山の端にあかみ出て、大さいはん方なし。此郷(さと)や堀江川橋さまざまの名に流て、海原の果なきむかしをとぶらふ。悲歎栄辱まちまちにして、中づく寿永・元亨の恨を結ぶ。雲は武庫・千釼破(ちはや)の峯にふつくみ、浪は須磨・一谷の荒砂にむせぶ。はつかり金に星白けて、はぜ(※「魚」+「殳」)釣船の隣なつかし。今風雅の世にかしらをさしつどひて、志深き友を得る事誠に興ぜざらんや。諷し尽、酌み尽(※「酉」+「爵」)して、東雲(しののめ)すでに近し。十六夜は雲くろみ立、雨そぼふる。殊に暁立つ旅人さへあれば、此まゝに酌みあかすべき勢ひに怖れて、「みつればやがてかく月の」なんど打なぐりて、夜のものに逃込けるに、しからば此あそびの有増(あらまし)を記せと、あとさきより引起して、灯のもとにつきむけぬ。漫(そぞろ)に筆を潤(※サンズイに「此」)して、酔の眸(まなこ)をおしぬぐへば、しらずいくつの月をか写しけむと(を)おかし。



塩壺の庇のぞかんけふの月
   素牛

しら浜や犬吠かゝるけふの月
   丈草
  
名月や何に驚く雉の声
   示右
  大津尼
立待や痺<しびり>直さん臼の上
   智月

居待月起て守らん枕挽(ひき)
   仝

寝待月船も閑(しづか)に行次第
   仝

   美濃にて 宗祇の藤 を尋(たづぬる)

其藤の古根や秋のやどり草
    荷兮

藁焚(たけ)ば灰によごるゝ竈馬<イトゞ>
   丈草

張残す窓に鳴入るいとゞ哉
   素牛

    酒落堂 にて

露萩もおるゝ斗(ばかり)に轡虫
    越人

   湖上吟

田の肥に藻や刈寄する礒の秋
   素牛

朝露のいざり車や草の上
   素牛

   別長崎卯七

枝々に別るゝ秋や唐辛
   酒堂

物干にのびたつ梨の片枝哉
   素牛

    素牛 が家に宿して

菊の香や御器も其儘宵の鍋
    支考

菊の花咲や石屋の石の間
   芭蕉

   人々嵯峨の宿を
      とはれけるに
   去来
木の本に円座取巻け小練年

 夜一夜笑ふ名月の晴
   野童

駒迎鼻毛ひらずに御供して
    素牛



   冬

くろみ立沖の時雨や幾所
    丈草

有明に成てたびたび時雨哉
    許六

しがみ付岸の根笹の枯葉哉
    素牛
  尾張
蓑笠も世に足る人や冬籠
    露川

   尋元政法師墓

竹の葉やひらつく冬の夕日影
   素牛

鞍壺に小坊主乗や大根引
   芭蕉

    嵐雪 の新宅を訪て

水瓶や場(には)かたまらぬ冬椿
   酒堂

鵜の糞の白き梢や冬の山
   素牛

朝霜や聾の門の鉢ひらき
   丈草

   万句興行のみぎりに

初霜や小笹が下のえびかづら
   素牛
  大阪
置霜やけふ立つ尼の古葛籠(つづら)
    園女

鵯や霜の梢に鳴渡り
   素牛

目をむひ(い)て木兎(みみづく)住むや菴の留主
   鳳仭

出屋敷や枝折に枯る樗(あふち)の実
    洒堂

   詣因幡堂

撫房<ナデボウ>の寒き姿や堂の月
   素牛

茶をすゝる桶屋の弟子の寒哉
   素牛

枯芦や朝日に氷る鮠(はえ)の顔
   素牛

   欲填溝壑唯疎放

水草の薦(こも)にまかれん薄氷
   仝

雪雲や鬼も肱<カイナ>を出すべう
    去来

   野径亭に諷

蝋燭のうすき匂ひや窓の雪
   素牛

唐犬(たうけん)や扶持にはなるゝ雪の中
   素牛

水仙や朝寝をしたる乞食小屋
   素牛
  加州
<たるき>には木練(こねり)釣けり枇杷の花
   丿松

   春

鶯や雀よけ行えだ移り
    去来

鶯や根笹をつたふ湯立くど(※「土」+「突」)
    素牛

新壁や裏も返さぬ軒の梅
   素牛

   宗鑑の陳迹を尋て

梅ちるや観音草の道の奥
   素牛

   詣聖廟

二月や松の苗売る松の下
   素牛

    芭蕉菴 を出る時

故郷へ雁に壱歩が銭分ん
    洒堂

燕や赤士道のはねあがり
   素牛

ほそぼそと塵<ゴミ>焚門の燕かな
    丈草

広き野を只一呑や雉の声
   鳳仭

とりちらす檜<クレ>木の中や雉の声
   素牛

菜の花の匂ひや鳰の礒畑
   素牛

野馬(かげろふ)のゆすり起すや盲蛇
   丈草

花に寢ぬ是も類か鼡の巣
   芭蕉

文台に扇ひらくや花の下
   素牛

世の中を見切てちるか山桜
    許六

うかうかと来ては花見の留主居哉
   丈草

   夏

卯の花のたえまたゝかん闇の門
    去来

郭公声横たふや水の上
   芭蕉

竹の子に呼ばれて坊のほとゝぎす
    素牛

かるの子や首指し出して浮藻草<ヒルモグサ>
   素牛

蓴菜や一鎌入るゝ浪の隙(ひま)
   素牛

橘や定家机のおき所
    杉風
  尾張
竹植て竹の子を見る人は誰
   巴丈

   嵯峨、鳳仭子の亭を訪し比、川風涼しき橋板
   に踞して

涼しさや海老のはね出ス日の陰リ
   素牛

涼しさや野飼の牛の額つき
   鳳仭

   東武におもむきし頃 木曾塚 に各吟会して離
   別の情を吐く事あり

涼風に蓮の飯喰ふ別かな
   史邦

   別史邦吟士

起伏にたばふ紙帳も破れぬべし
   素牛

   猶名残を惜みて行々
      石山のほとり一夜を明し

行水や戸板の上の涼しさに
   仝

    素牛 を宿して

すゝみ出て瓜むく客の国咄し
   智月

   素牛 市居二句

蚊遣火の隣は暑しつるめさう
   史邦

涼しさや竈二つは有ながら
    洒堂

    素牛 にこととは侍折ふし、我宿のことし
   げゝれば、隣寺に伴て

古寺をかりて蚊遣も夜半かな
    正秀

   客 中

くらがりに覆盆子(いちご)喰けり草枕
   史邦

   芭蕉翁岐阜に行脚の頃したひ行侍て

見せばやな茄子をちぎる軒の畑
   素牛

子ども等よ昼顔咲ぬ瓜むかん
   芭蕉

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