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俳 書

『嵯峨日記』


 元禄4年(1691年)4月18日から5月4日まで芭蕉が嵯峨にあった 去来落柿舎 に滞在した折の日記。芭蕉48歳の時である。

落柿舎


宝暦3年(1753年)、刊。松尾芭蕉が残した唯一の日記。

(4月18日)

元禄四辛未卯月十八日、嵯峨にあそびて去来ガ落柿舎に到。 凡兆 共ニ来りて、暮に及て京ニ歸る。

(4月20日)

落柿舎は昔のあるじの作れるまゝにして、處々頽破ス。中々に作みがゝれたる昔のさまより、今のあはれなるさまこそ心とヾまれ。彫せし梁、畫ル壁も風に破れ、雨にぬれて、奇石怪松も葎の下にかくれたるニ、竹縁の前に柚の木一もと、花芳しければ、

柚の花や昔しのばん料理の間

ほとゝぎす大竹藪をもる月夜

   尼羽紅

又やこん覆盆子(いちご)あからめさがの山

去来兄の室より、菓子・調菜の物など送らる。

今宵は羽紅夫婦をとゞめて、蚊帳一はりに上下五人挙伏たれバ、夜もいねがたうて、夜半過ぎよりをのをの起出て、昼の菓子・盃など取出て暁ちかきまではなし明ス。去年の夏、凡兆が宅に伏(臥)したるに、二畳の蚊屋に四国の人伏(臥)たり。おもふ事よつにして夢もまた四種と書捨たる事共など、云出してわらひぬ。明れバ羽紅・凡兆京に帰る。去来猶とゞまる。

(4月22日)

 朝の間雨降。けふハは人もなくさびしき儘にむだ書してあそぶ。其ことば、「喪に居る者ハ悲をあるじとし、酒を飮ものは楽〔を〕あるじとす。」

 「さびしさなくばうからまし」と西上人のよミ侍るは、さびしさをあるじなるべし。又よめる、

山里にこハ又誰をよぶこ鳥独すまむとおもひしものを

 獨住ほどおもしろきはなし。長嘯隠士の曰、「客は半日の閑を得れば、あるじは半日の閑をうしなふ」と。 素堂 此言葉を常にあはれぶ。予も又、

うき我をさびしがらせよかんこ鳥

とハ、ある寺に独居て云し句なり。

暮方去来より消息ス。

乙州ガ武江より帰り侍るとて、旧友・門人の消息共あまた届。其内曲水状、予住捨し 芭蕉庵 の旧き跡尋て、 宗波 に逢由。

昔誰小鍋洗しすみれ艸

又いふ。

「我が住所、弓杖二長(ふたたけ)計にして楓一本より外は青き色を見ず」と書て、

若楓茶色になるも一盛

    嵐雪 が文

狗背(ぜんまい)の塵にえらるゝ蕨哉

出替りや稚ごゝろに物哀

其外の文共、哀なる事、なつかしき事のみ多し。

(4月23日)

手をうてば木魂に明る夏の月

麦の穗や泪に染て啼雲雀

暮に及て 去来 京より来ル。

膳所昌房ヨリ消息。

大津 尚白 より消息有。

凡兆 来ル。堅田 本福寺 訪テ其(夜)泊。

凡兆京に帰

(4月25日)

廿五日

千那 大津ニ歸。

史邦丈艸 被訪。

芽出しより二葉に茂る柿の実
  史邦

   途中吟

杜宇啼や榎も梅櫻
  丈艸

乙州来りて武江の咄。并燭五分俳諧一巻。其内

   半俗の膏薬入懐に

臼井の峠馬ぞかしこき
  其角

廿六日

芽出しより二葉に茂る柿ノ実
   史邦

 畠の塵にかゝる卯の花
   蕉

蝸牛頼母しげなき角振て
   去

 人の汲間を釣瓶待也
   丈

有明に三度飛脚の行哉らん
   乙

廿七日

 人不来、終日得閑。

廿八日

夢に 杜國 が事をいひ出して、悌泣して覚ム。

誠に此ものを夢見ること、所謂念夢也。我に志深く伊陽旧里迄したひ来りて、夜は床を同じう起臥、行脚の労をともにたすけて、百日が程かげのごとくにともなふ。ある時はたはぶれ、ある時は悲しび、其志我心裏に染て、忘るゝ事なければなるべし。覚て又袂をしぼる。

(5月1日)



江州平田明照寺 李由 被問。

尚白・ 千那 、消息有。

竹ノ子や喰残されし後の露
   李由

頃日の肌着身に付く卯月哉
   尚白

(5月2日)

二日

曽良 来リテよし野ゝ花を尋て熊野に詣侍るよし。

武江旧友・門人のはな〔し〕、彼是取まぜて談ズ。

くま路や分つゝ入ば夏の海
   曽良

大峯やよしのゝ奥を花の果

夕陽にかゝりて大井川に舟をうかべて、嵐山にそふ(う)て戸難瀬(となせ)をのぼる。雨降り出て、暮及て帰る。

(5月4日)

一、四日

宵に寝ざりける草臥に終日臥。昼より雨降止ム。

明日は落柿舎を出んと名残をしかりければ、奥・口の一間一間を見廻りて、

五月雨や色帋へぎたる壁の跡

芭蕉の句碑


5月5日、芭蕉は落柿舎を出て 凡兆 宅に入る。

参 考

   山家呼子鳥

山ざとに誰を又こはよふこ鳥ひとりのみこそ住すまむとおもふに

とふ人も思ひたえたる山里のさびしさなくは住みうからまし


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