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俳 書

『初蝉』(風国編)



元禄10年(1697年)9月、自序。

『初蝉』 の誤りを訂正。

風国は京都の医師伊藤風国。通称は玄恕。


  あきの部

   くらがり峠にて

菊の香にくらがり登る節句かな
    ばせを

   此句、 菊の香やならにはふるき仏達
   といへる同日の吟なり。
  越中
三日月やまだ稲の穂の出そろはず
   十丈

あさがほや夜は葎のばくち宿
    去来
  彦根
七夕は七ゆふだちの仕廻(しまひ)かな
    李由
 豊後日田
山の井や猿もあぐらを星むかえ(へ)
   朱拙

七夕やまだ越後路のはい(ひ)り初
    惟然
  加州
草の萩を(お)くや残暑の土ほこり
    北枝

釣竿をとり置て見んそばの花
   風國

稲妻のかきまぜて行やみよかな
   去来
  ゼゞ
見處は松のかしらぞけふの月
   游刀
  ゼゞ
情(精)出すや月の名ごりをなくいとゞ
    正秀

   もゝ島の浦は、村上近き処にて、有
   明のうらと聞ば

月になくあれは千鳥か穐のかぜ
   仝

    象潟 にて

名月や青み過たるうすみ色
   惟然

    羽黒山 に僧正行尊の名ありけるに、
   人々案内せられて

豆もはやこなすと見ればおどろかな
   仝

時を今渡るや鳥の羽黒山
   仝

    湯殿山 にて

日のにほひいたゞく穐の寒さかな
 おなじく

   筑後ノ国ある人の許にて

何たんの米で仕廻(しまひ)ぞ菊の客
   朱拙

木づたふ(う)て穴熊出る熟柿かな
    丈艸
  ヲハリ
鴫鳴て花表(とりゐ)のおくは何もなし
    露川

  はつぜみ校考

またいつと寄占のはたや秋のかぜ
   惟然

  冬の部
  イガ
初雪や植こみ退て松たは(わ)
    卓岱
  イガ
雪の客おもひ出さば誰か出む
    土芳

旅の屋の次の火燵や柴の熾(おき)
   猿雖

鷹の目の枯野にすは(わ)るあらしかな
   丈草

掛声で松きる旦のつらゝかな
    水札

  はつぜみ校考

   「吹あらしあらじと今は山やおもふ行
   あかつきのねざめなりしを」といふを
   誦して

山やおもふ紙帳の中の置火燵
   丈草

  春の部

花ぐもり田にしのあとや水の底
   丈草
 大津あま
ものよみや花ぞひらくる一葉づゝ
   智月

   水口にて廿年を経て、故人 に逢ふ

命二中に活たる桜かな
   芭蕉

此句は貞享の作なり。 『野ざらし記(紀)行』 ニ出ヅ。其比の句、『初蝉』ニも数多く出せり。すべて翁の句多クの撰集にとゞまりし中ニ天和・貞享の比の句あり。最近来の吟多し。其時代の新古をしらざれば、翁の変化流行の次第をしりがたからん。翁の句なればとて、むかしの流行いたされし躰をあらためず、今の鑑となさば、却テ血脉を得がたし。その流行いたされし微意を得て、それよりこそ先輩未発の場に至り、千載(歳)不易の躰もまた堅固なるべし。今よりはじめて、翁のあとをしたふ(う)て門に入ルの徒は、新古の分別に意を付べき事ならし。他門の集に拾ひ入しは、真にあらざるもありぬ。尽信書不書といふの古語、ありがたくぞ覚え侍りぬ。

  ミノ
春雨や芦間の蟹も小陰とる
    如行
  イセ
山吹や羽織のならぶはしの上
    団友
 クロサキ
鶯や楠の千枝にとりかゝり
    沙明

かげろふに隣の茶さへ澄(鳧)
   丈草
  ヲハリ
真上よりふん落したる雲雀かな
   素覧
 三州新城
なはしろに去年の案山子と見え(鳧)
   白雪

爐ふさぎや鉢にもえたつ小きりしま
   沙明

   豊前中津医師玄貞の亭にて

百草や払はぬまどのうらゝかさ
   朱拙

   越中高岡十丈亭にて

椿迄ちるにとなみの山の雪
    北枝

  はつぜみ校考

   ふしみの任口上人にあふ(う)

我衣にふしみの桃の雫せよ
   芭蕉

  夏の部

   越中に入

ゆり出すみどりの波や麻の風
   惟然

よし野にてあはれうものか郭公
   去来
  イガ
郭公道くさすると人や見む
   風麦
  ヒコネ
竹の子にいにのこりてや四十から
   許六
  さが
此森をはなれぬ夏の烏かな
   野明

   月の山 にて

雲のみねいくつ崩れて月の山
   芭蕉

いな事につらるゝ河の螢かな
   沙明
  
麦の穂に追かへさるゝ胡蝶かな
    可南

    加賀山中 入湯

こゝもはや馴て幾日ぞ蚤虱
   惟然

藪の根やあけてゆり出す茶摘歌
   去来

  初蝉校考

ほとゝぎすまねくか麦のむら尾花
   ばせを

   尾花沢 清風亭 にて

すゞしさを我宿にしてねまるなり
   ばせを

面白うてやがてかなしきう船かな
   仝

   此句 晋子 が所持の翁の自筆には

面白うてやがてなかるゝ鵜ぶねかな

   と侍りぬるよし、晋子より申こしぬ。

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