このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

俳 書

『初蝉』(風国編)



元禄9年(1696年)9月、刊。鳥落人序。

風国は京都の医師伊藤風国。通称は玄恕。鳥落人は 惟然 の別号。

   初 蝉 集 巻之上

 春の部

   風麦亭にて

春たちてまた九日の野山かな
   芭蕉

   うくひす
  東武
鶯の身をさかさまに初音かな
    其角
  桑門
鶯の薄壁もるゝ初音かな
    惟然
  大坂
うくひすの小頸捻るや朝けしき
    之道

鴬や内のもなけは野から来る
    去来
  伊賀
鶯のなき集めたる胡蝶かな
    土芳
  おなしく
葉かくれに鶯の巣やなく片手
   猿雖
筑前クロサキ
鴬や十聲もつゝく窓のさき
    水札

鴬や初音ないても中たゆる
   風國
 大津あま
わらすへにゆはれ次第や芹薺
   智月
 嵯峨農夫
春風にわらすへ盗む雀かな
    為有

   おほろといふを
  尾州
門かさり空は朧なり
    露川
  いせ
小座しきに餅のむしろや梅のはな
    團友

忘るなよ藪の中なるむめの花
   芭蕉

   此句はある門人に遣れける也

   田にし

   里の男のはみちらしたる田にしか
   らを水底にしつめ待居たれは腥を
   むさほれるとちやうのいくらとも
   なく入こもりて

入替るとちやうも死ぬそ田にしから
    丈屮
筑前クロサキ
鳴さかる雲雀や雨のたはね降
    沙明

   惟然尋られしに逢さろけれは
 江州平田
陽炎にとりにかしたる雲雀かな
    李由

   周防 岩國 山の麓を過るとて

半帋すく川上清しなく雲雀
    惟然

皃に似ぬ發句も出よ初さくら
   芭蕉

しはらくは花の上なる月夜かな
   芭蕉

死ンたとも留守ともしれす庵の花
   丈屮

   禅寺にて

食時の鐘や杉より峯の花
   惟然

   廣しまにて

やかて花になる浦山や海苔日和
   仝
  さか
沓ぬきに足をもためす花見かな
   野明

花を宿にはしめ終りや廿日程
   芭蕉

   此句はいか宗無亭にての吟なり

黄壁やひたるうなりて春のくれ
    如行

   此句は洛よりまかりての吟也
  長サキ
菜種よりぬれいろふかし麦の波
   卯七

   住よしにて

さえかえる神樂處の置火鉢
   泥足
  長さき
唐竹の根にしからむや濱防風
   素行

   惟然行脚の物かたりのつてに

彦山や雲はひのほる葛根ほり
   正秀

出替りや牛かてんして大原迄
   其角

   伏見西岸寺任口上人にあふて

われ來ぬにふしみの桃の雫せよ
  はせを

    芭蕉翁塚 にまうてゝ

陽炎や塚より外に住はかり
   丈屮

   里の男のはみちらしたる田にしか
   寒たけはさむく土用たけはあつし
   春ひとりなんそ余興なきや

春たけは持のこさぬやおもしろみ
   仝

   木曾塚の旧草にまいりける時前の
   田つらに鷺のむれ下りけるを 丈屮
   子指さして此鷺こそこの菴の冨貴
   なれ故翁も如何ほとか秘藏ありし
   と教られしに申侍る

白鷺の春をおしみてあつまるか
   風國

 夏の部

ほとゝきすまねくや麦のむら尾花
  ばせを

   更 衣
  尾州
立雲の南に白しころもかへ
   素覧

    三井寺 龍華院にて

竹の子に来て三井寺の夜の雨
   風國

   一とせ翁 落柿舎 にあそひたまひけ
   るを訪て

竹の子や喰のこさるゝ後の露
    李由

   卯の花

卯の雪に負褶さむし初瀬山
    去來

   圓覚寺大顛和尚遷化したまふよし
   聞えけれは尾はりの國より其角か
   かたへ申遣されけるなり

梅恋て卯の花拝む泪かな
   芭蕉

   ほたる

螢火や蟹のあらせし庭のへり
    丈屮

月末にまはる螢のさかり哉
    正秀

   きやうきやうし

柿の葉の形のわるいにきやうきやうし
    土芳

   水 鶏

田のすしに水鶏なく也星月夜
    團友

   端 午
  膳所
川風の菖蒲ふきけり淀の町
    曲翠

   五月雨
  イカ
さしませて屋根のふるひや五月雨
    卓袋

五月雨やまたも人とる田むら川
    露川

牛なかす村のさはきや五月雨
    之道

   順礼の時に

美濃掛て眞桑も見えす暑さ哉
    去來

草臥の根ぬけや沖の昼すゝみ
    丈屮

   尾花澤 清嵐亭 にて

すゝしさを我宿にしてねまる也
   芭蕉

   雲のみね

國半や青田に移る雲のみね
    許六

   麦 穐
  越中
疱瘡する兒も見えけり麦の穐
    浪化
  大津
あら馬の蹴たてゝ行や麦の穐
    尚白

さひしさや岩にしみ込蝉のこゑ
   芭蕉

   祭
  東武
象潟は料理なにくふ祭りかな
    曽良
  加州
木のまたにことしもねふる祭かな
    北枝

   題しらす
  東武
唐の蚊や終にかれたるもしほ草
    嵐雪

   此句は唐紙に蚊のすきこみてありしを
   見ての吟なるよしきこえける

ゆふかほに荷鞍干たるやとり哉
   朱拙

   伊賀望翠亭にて

三尺の池に風あり夏さしき
    露川

我に似な二ッにわれし真桑瓜
   芭蕉

   此句は門人 槐之道 につかはされし也

   杜國

白芥子に羽もく蝶のかたみかな
   芭蕉

    簔虫庵 にあそひける比庭砌自然のけし
   きこれそ風雅のまことなりとかたりあ
   ひて

けし畑を結分に鳧ともちから
    惟然

おもしろうてやかてかなしき鵜舟かな
   芭蕉

   日光山にて

たふとさや青葉若葉の日のひかり
   芭蕉

   木節亭にて

穐ちかき心のよるや四畳半
   翁

   初 蝉 集 巻之下

 穐の部

七夕やいはん事なし夜半過
    猿雖

星合の奇特見せけり日和雲
    正秀

   玉まつり

聖靈のすかれし人をあつめ鳧
    丈屮

聖靈の隣ありきや山の上
   仝

辻おとり誰かなすやらなさぬやら
    土芳

   桔 梗

脇ひらも見すに咲たる桔梗哉
    露川

朝かほや葉かくれにまた花ひとつ
   風國

雜菊のはたかる處結れ鳧
    沙明

筑前クロサキ
野屋敷に馬一疋や菊の花
   帆柱

   鷄頭花

鷄頭や雁の來る時尚あかし
   芭蕉

みちみちと雨の間や女郎花
    卓袋

猪の鼻くすつかす西瓜かな
   卯七

うら町や西瓜に並ふうたひ本
    曲翠

こけさまにほうと抱ゆる西瓜哉
    去來

   し か

小男しかのきつとねちむく峠哉
    團友

稲妻のわれて落るや山のうへ
   丈屮
  東武
いな妻や海の面をひらめかす
    史邦

   長崎に入の吟

朝きりの海山こつむ家居かな
   惟然

霧しくれ冨士を見ぬ日そ面白き
   芭蕉

   浦のあきとは   須广にて

曉を見あはせにけり浦の穐
   惟然

   越前 いろの濱 にて

さひしさや須广にかちたるうらの穐
   芭蕉

老の名のありともしらて四十から
   芭蕉

   虫

   石山寺

佛像の名をなき分よ虫の声
    李由

あんとんにおほひをせはや虫のこゑ
   朱拙

   蕎麦の花

   豊前の國小倉を出て 黒さき ちかき
   あたりにて

歩行よりそおもむく峯にそはの花
   惟然

   柿

    落柿舎 感偶

柿買や見れはぬいたる眞桑賣
   去來

山からす觜染る熟柿かな
   爲有

    落柿舎 普請の比

屋根崩す鎌のしり手や柿紅葉
   可南女

   月

   義仲寺 にいませし時に

名月や兒たち並ふ堂の橡
   芭蕉

   とありけれと此句意にみたすとて

名月や海にむかへは七小町
   仝

   と吟しても尚あらためんとて

明月や座にうつくしき皃もなし
   仝

   といふに其夜はさたまりぬ
   これにて翁の風雅にやせられし事を
   しりて風雅をはけまん人の教なるへ
   しと今茲に出しぬ

のりなから馬草はませて月見哉
   去來

まつ宵の月やむかひに出る雲
   正秀

   豊前 小倉 に舟つきて

名月や筵を撫る礒のやと
   惟然

   西條にとまりて
  長サキ
旅なれは稲をまくらに月見哉
   田上尼

   かの竹とりの姫のことなんおもひ出して

明月やなく顔見たしかくや姫
   風國

   題しらす

月もるや樗の下の墓参り
   卯七
  長サキ
穐の夜の梦の餘リの昼寝哉
   魯町
  難波女
穐風や波のあらあらなく千鳥
   その
  長サキ
狩人やいつ髪そりて穐の風
   牡年

しら露や萩とすゝきか心もち
   土芳

   伊賀へ越時おときの峠にて

いひおとす峠の外もあきの雲
   丈屮

比丘鉢の蠅にまきるゝ彼岸かな
   游刀

大根の二葉に立やけさの穐
   素覧

穐の日や障子かけろふうろこかた
   許六

欠あとの葉になるものも煙草かな
   万乎

面白き穐の朝寝や亭主ふり
   芭蕉

唐からし痩て小枝のおくれ也
    惟然

  南都
とられすは名もなかるらんもみち鮒
   玄梅

わた弓や琵琶になくさむ竹のをく
   芭蕉

   ある人に餞別

舟よせてになひの水に萩(※草冠に「穐」)の花
   沙明

   ミノ 如行 亭にて
  尾州
市中にふくへを植し住ゐかな
    越人

   西行谷のふもとになかれありおんな
   共の芋あろふをみるに

芋あろふ女西行ならは哥よまん
   芭蕉

  東武
綿の花たまたま蘭に似たるかな
    素堂

    惟然 か筑紫に出る日いなりのやし
   ろにまうてゝほ句奉納しけるを筆
   のはしめとしもしの関といふ記行
   ありいま恙なく歸洛せし事偏に神
   慮にかなふなるへしと其句をもと
   めて

又いつとよるへのはたや穐の風
   惟然

 朝日にまつの露はほかつく
   風國



 冬の部

飛かへる岩のあられや窓の内
   丈屮

   時 雨

鳥の羽もさはらは雲の時雨口
   丈屮

   雪

鉢の木や湯殿に入し雪の宿
    許六

守りゐる火燵を菴の本尊哉
   丈屮

   定家の卿の哥に

   吹あらしあらしと今はおもふ行
      あかつきの寢覺なりしを

   といふを圖して

山やおもふ紙帳の中の置火燵
   仝

   肥前愛津の関を過るとて

目の前てかふりつきたる大根かな
   惟然

  備前
水鳥よなんちは誰を恐るゝそ
   兀峯

夜からすをそやし立鳧鴨のむれ
   丈屮

   歳 暮

そはうちて眉髭白しとしのくれ
    嵐雪

    落柿舎 へ遣しける文のかへりに

  去來
放すかととはるゝ家や冬籠

 霜のかさねの落葉ふかつく
   風國



   慮にかなふなるへしと其句をもと
   此集已ニ成て井筒屋へつかはせし
   北枝 か文にほ句あり且ツおくれ
   來りし句を添て追加となしぬ

脇さしの鞘に霜うく後の月
    正秀

   元禄九年重陽の日

俳 書 に戻る



このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください