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今泉恒丸



『続埋木』

寛政10年(1798年)、会津、江戸、名古屋を経て大坂まで旅をした折の記念集。

寛政11年(1799年)、刊行。

如月の末高田なる二竹庵のあるじをとふに、かしらいたきとて臥ながら病る身にほかほか来たり花の風といゝ出、心よげに笑ひかたる。扨とゞむるまゝに春も暮ん頃、別れを告て下つけの國にこゆ。卯月の五日ばかり黒かミ山の奥にて

  夏霧に打濡て深山ざくら哉

笠はほつれて面を焦し草の枕も熱くるしきに何くれとなくつかれしを、むさしの成美おふぢがいたハるにいこひける。それの別荘はかつしかといふ處にありてすミだの川風吹こゆるに夏も紙衣のほしきまでなり。

蓮のさくはヅミにうつる嚏かな
    成美

石にからりと春せミの殻
   恒丸



葉月の空塵ばかりも雲なく花すゝきのまねくに、又旅ごゝろうごき出て野伏山ぶしいくほどにいツか隙ゆく駒木野に似たる。

  朝月の影に笠ぬぐ関家かな

時しらず真白なるふじの高根の月にあらハれ、雲にかくるゝあはれをも我物にしたるは甲斐の国の鶏鳴館なり。あるじハ風流のねぢけ人にてあくまでも雲水の客を懸レば余もそこに暮るとなく明るとも覚えず露の萩のうツくしき籬の菊のきやしやなるも根にかえるまでとゞまりぬ。そがうちの一折。

たちばなの香もあればある時雨哉
    可都里

松の月夜も冬になり行
   恒丸



尾はりの枇杷園にて四たり三たりあつまりそのあとをつく。

膝立て寝れば燕のかえり来て
   岱青

さらりのかわるけふのもの好
    士朗

笹竹に赤土やまをすかすらん
   方明

瓜のこやしの芥焼なり
    岳輅

旅人の走りぬけたる馬の蝿
   恒丸



神路山の木の葉もみな落てあらハなるは尊さもいやまさりて覚ゆ。 内外の宮 拝ミて椿堂にとまる。翌ハ 二見の浦 ミんとて暁ちかう起いでたり。

  ちどりより月より明て二見潟

都三条わたり茶舎に宿る。ひと日さが野ゝかたに遊びしに嵐山より吹出せる雪の降しきる暮かた、あやしき軒に立よれば老さらぼへるおのこの「あはれ旅人是まいらせん。」とて取いだし呉たるは兼世編るがいとすゝけにすゝけたる物なり。「こハいかにするものぞや。」と問ふに「かうせまセ。」とて真中のほど少しきりぬひて首さし入にけり。いミじとおもひ出ていくに都ちかうなりて空は荒たり。東山よりさし出る月に我影をミればさうの肩つゝぱりてかた衣のさうぞくつけたる。婆に似たらんもをかし。

  中々に此侭寝やう菰の雪

師走の十日まり月はあり風はなし。よき夕ぞと伏見舟に打のり蒲団引かつぎつゝあまたの人と鼾合セて行夜なる斗に、餅くらハんか酒のめよなどふとき声してどよむに目さめ笘押分て見れば、

  月に出て松へ鳴入るちどり哉



続埋木員外

   歳旦 早春

侘つくしつくしてぞ花の春
 尾張
  士朗

初がらす汐くミそめる浦の人
 仙台
  雄渕

年寄も家のかざりよけさの春
 尾張
  岳輅

旅人も来よ元日の草のいほ
  ゝ
 羅城

世を捨し人も起出る初日哉
 尾張
 松兄

世の春をおのれがましや海老の髭
 行脚
  空阿

はつ夢や思ふことミな草まくら
 甲斐
  漫々

鷄の色のどけき色のはじめ哉
 備後
  若翁

正月の灯ひかるや浦の家
 大坂
 升六

   霞

かすまねバならぬけしきを夕也
 江戸
  葛三

かすむ日や佛のあかし遅なはる
 江戸
  巣兆

   鶯

うぐひすやひとり深谷の松に啼
 伊豫
  樗堂

鶯や海に高音をなきおろす
  
  丈左

尾を立て鶯梅に移りけり
 出羽
  五明

うぐひすよ梅くふたほど啼てゆけ
 大坂
大江丸

鶯の人を見てなく関家かな
 三河
  卓池

うぐひすやおのが木魂にさそハるゝ
 大坂
 夏江



白梅に来て啼夜明烏かな
 大坂
 尺艾

そここゝの松にはさまる野梅哉
 南部
  一草

山里はミな梅が香の垣根かな
 伊勢
 椿堂

梅に月扨も大な御庭かな
 仙臺
  白居

灯を消して見ゆれバ梅の能夜也
  
  巣居

隠れ家や梅匂ふ夜のはしり炭
 南部
  素郷

くらき夜や梅ちりかゝる目のあたり
 信濃
 柳荘

草の戸にゐればとく咲梅の花
 江戸
 帰童

梅の月そこらこゝらの家もよし
 甲斐
 蟹守

人の来て桶茶たてけり暮の梅
 会津
 草蘿

青柳のゆふべよくくふ毛ぬき哉
 出羽
 野松

野越する人の後や春のかぜ
 信濃
 雲帯

旭待ツ鳥井のもとや春の水
 近江
 祐昌

みそつきに日ハくれ初て春の月
 江戸
  成美

春の月汐さす方はけぶりけり
 大坂
  二柳

   春雨

春雨のあやめのり越す小浪哉
 
 鹿古

   蝶

飛こてふぬるこてふ野ハ人もなし
 江戸
  午心

帰る鴈声にハ春のなかりけり
 大坂
 月居

とりあへず伊吹へ向て帰鴈
 信濃
  壷伯

   やぶ入

やぶ入の竃取まけて二月かな
 大坂
 奇淵

   雉

夕雉が恋する草か雉かくし
 江戸
  長翠

静さの先へ廻りて雉のこゑ
 加賀
 斗入

我庵ハきゞす守るに似たりけり
 甲斐
可都里

富士を背に桃もたぬ畑ハなかりけり
 江戸
  春蟻

山ミれば寒しこなたの初ざくら
 播磨
 玉屑

門口に花のくずるゝ山家かな
 信濃
  素檗

   草庵

大方の夜るやあれこむ桜人
 信濃
  蕉雨

起て見る寝て見る桜一木かな
 大坂
 長斎

うちまもる心も舞し夕ざくら
奥伊達
  冥々

ふとん着る夜る迄花ハちりにけり
 信濃
  鸞岡

出代や捨に戻りし古枸枝
 伊勢
 滄波

   つゝじ

野ハつゝじ小松の枝も折にけり
 江戸
  道彦

鹿の来て乕杖しかむ昼間哉
 大坂
 駝岳

   甲斐が根

十ヲ斗ひとツに成て春の山
 行脚
  嵐外

花鳥や阿修羅の酒のはかりなき
 近江
  重厚

花鳥の影ゆく春の日ざし哉
 武蔵
  双烏

此集をえらめるころ秋の句のきこへけるにまかせて

秋のこゝろ雲深きかたに通ふ哉
 奥三春
 掬明

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