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俳 書

『続有磯海』(浪化編)



元禄11年(1697年)9月、自序。同年11月上旬、刊。

浪化 は越中井波の 瑞泉寺 十一代住職。 去来 の紹介で芭蕉に入門。

元禄16年(1703年)10月9日、33歳で没。

続有磯海 上

  元禄七年後の五月に、 去来 が許にて故翁に向
  対の折、此比難波の 之道 がまい(ゐ)りて人々
  打より申捨たる、とて見せ給ひし歌仙一巻、今
  続集の冠となし侍る

  落柿舎即興

牛ながす村のさは(わ)ぎや五月雨
    之道

 あを葉ふき切栴檀の花
    去来

一枚の莚に昼ねをし合て
   芭蕉

 つかもこじりもふるきわきざし
    惟然

月影に苞(つと)の海鼠の下る也
    丈艸

 堤おりては田の中のみち
    支考



  須磨の浦一見の時

須磨寺に吹ぬ笛きく木下やみ
芭蕉

   此句は湖南の 丈艸 、幾とせ袖底にお(を)
   められしを、此たび我続集結縁にとて、文
   通の中に緘して送られ侍る。されば亡師の
   句、諸邦の集に洩レたるもすくなく、程な
   き年月のうちに、その言葉さへ俤とともに
   残りなき成果ぬるぞ歎し。よつて右に写し
   て追懐の志をあらはす。



 四季部立   擬『朗詠集』上巻

   立 春

  東武
花鳥にひまぬすまばや春もたち
    杉風
  伊賀
水仙に来るもの一重としの明
    土芳

   早 春

  湖南
柊にさへ(え)かへりたる月夜かな
    丈艸
  加賀
榾もえた余寒をあそぶ二夜哉
   万子
 大津尼
春風に塵もほどくる氷かな
   智月

   春 興

   天水に息つく猫の恋心
    正秀
 越中井波
揚つけて町へ見にやるいかのぼり
   路健

  行脚 惟然 に遣しける
  江戸
木の朶にしばしかゝるや紙鳶(いかのぼり)
    嵐雪

芽を出して末つまゝるゝ円柏<イブキ>
    如行
  カゞ
山がらのつい来て帰る木の芽哉
   牧童
  
駒鳥の声を見かへす格子哉
   風国

  惟然

    去年 は都の花にかしらをならべ、よめ
   菜・つくづくしを摘て語り、今年東武の
   余寒はおなじ衾を引張、雲雀・鶯に句
   をひらふ。
 江戸
菜の花や浮世は去年の秬(きび)のうね
    野坡

   春 夜
  大坂
菊苗の咄ししみけり宵のやみ
    諷竹

心売は撰屑ひらふねの日哉
   浪化

   若 菜

  
若菜摘敷物やらうさん俵
    去来

踏分る雪が動けばはや若葉
    惟然

   三月三日
  ミノ
雛仕まふ跡のかざりや三日の月
    荊口

   桃
  カゞ
つぼふかき盃とらんもゝの花
    北枝
  
うす藪の口をてり出す桃の花
   林紅

   暮 春

   越中庄の川は源飛騨の山中より出ヅ。幾谷
   の岩間をくゞりて漲る流れ、奔箭のごとし。
   其ほとりに雄神の叢祠有。庄川は庄の在所あ
   る故なり。然れば雄神川成べし。『夫木集』
   第二十四に俊頼の歌あり。暮春の一日爰に遊
   びて、各お(を)がみ川の句を探る。

奥ふかに巣鷹の啼や雄神川
   浪化

鶯のつれを見出さんお(を)がみ川
   路健

   閏三月
ブンゴ日田
行春を閏の花のおぼろかな
   野紅

三月に蚊の声まじる閏哉
   浪化

鴬や籠からまぼる外のあめ
   朱拙

   春 雨

献だてにたらぬものあり春の雨
   北枝

   梅

卓散についてもたらず梅の花
   浪化
 さが田夫
梅を見に行とはいふな藪の中
   為有

   紅梅の画の讃に

うぐひすに墨のひなたや梅の花
   浪化

人ごみの中へしだるゝ柳哉
   浪化
  高岡
しだれたる柳とらえ(へ)て咄し哉
   十丈

   花

花にいざ茶摘用意もして置ぬ
   野坡
  伊賀
花に出て道々家のなつかしさ
   風麦
  
立どまり花見や過す畠づら
    卓岱
  カゞ
花ざかり酒売のゐる家の松
  秋之坊
  カゞ
有たけの機をのばさばや山桜
    句空

鳶の輪のつれてよらばや山桜
   丈艸

   遊東福寺化縁場

簷口(のきぐち)をかゝえ(へ)るやうに寺の花
   風国

仇暮のもどる明さや花のうへ
   浪化

ぬれぬとや花の思はん雨支度
   北枝

小初瀬(をはつせ)や花にくれゆく番袋
   去来
  東武
陽炎や朝日てらつく花の中
   史邦
 オ(ヲ)ハリ
くたびれた顔に花ちる婢子(はふこ)かな
    露川

   天満宮の御旅所にて

山吹や粟餅ちぎる軒廻り
   風国

胡床(あぐら)かく岩から下やふぢの花
   丈艸
  長崎
山ふぢのきまゝを見たるしだれ哉
   卯七

 夏

   首 夏

卯の花や田舎がよひも思ひかけ
    埜坡
   (野)
浅井戸にとつとすゝぐや杜若
    北枝

   越中行脚の折ふし、井波の山下にしるべある
   まゝ、たづね入て足を休む。

さればこの山にもたれて夏の月
    惟然

すゞしさは独(ひとり)目のあく座敷かな
   野坡

あら壁や水で字を吹夕涼み
    丈草

夕だちや杖にして待ツはねつるべ
   北枝

   花 橘

橘に夏うぐひすや媒鳥<ヲトリ>
    浪化

   郭 公

一声は闇のつぶてや郭公
    去来
 ナガサキ
幾鳴と年にちぎるや子規
   牡年

蜀魂二声かゝる一牧(枚)
   浪化

子規鳴や田うえの尻の上
    許六
 江東平田
野の人のうたのさかりや杜鵑
    李由
  日田
飛ほたるあるきあるいて篠の枝
   林女

   京なる人に対して

都人の扇にかける網代哉
    許六

 秋

   立 秋

あきたつや鷹のとり毛のさしのこり
    浪化

   早 秋

帷子も着たりぬいだり秋の風
    野坡

   七夕に雨ふりければ

彦星や田畑へおろす宵の雨
    北枝

七夕や大かた出たることし物
   浪化

   秋 興

相撲場やあれにし後は秋の風
    許六

   遠州にて

鶉なく大名地野はうづこにや
   史邦
  ミノ
長床に懸物もなしあきのくれ
   斜嶺

   秋 夜

夜あるきにから櫓の音や浦の秋
   去来

合口の跡追ふ(う)て行月見哉
   野坡
 カゞ山中
菊の香や何かにうつる小盃
    桃妖
  ミノ
秋萩につゞいて見こむ杉戸哉
    文鳥

   蘭

   宿直に侍りて
  ミノ
寝用意も夜さむに成てふぢばかま
   千川

   槿

蕣の花や惣ねに雨の後
   浪化

うら枯や茶かすこぼるゝ草の垣
   北枝
 筑前黒崎
五六間蔦のもみぢや松ののし
    水札

鶏頭のゆるぐや雁のたつ畠
   浪化

   鹿
  有礒
朝つゆのさらりときえて梅もどき
   拾貝

鹿小屋の火にさしむくや菴の窓
    丈艸

   霧

霧雨に尾髪もふらず駒の旅
    許六

馬宿にすそ湯わかすや霧もたち
   浪化

   山中温泉の上 薬師寺 に詣て

うすぎりや白鷺眠る湯のながれ
    北枝

   擣 衣

猿引は猿の小袖をきぬた哉
   芭蕉

 冬

有明にふりむがたき寒さ哉
    去来

葛葉よりかさつく比のしぐれ哉
    許六

中々に傘も苦になる時雨哉
    野坡

せきぞろもむかし忍ぶや笹おほひ
    北枝
  黒崎
行としや木の葉まじりのくだけ炭
    沙明

   炉 火

埋火や障子より来る夜の明
    浪化

   病中吟

介病も一人前する火燵哉
   去来

    幻住菴 頽廃の跡一見して

霜原や窓の付たる壁のきれ
   丈草
  サガ
初雪の今朝はかくれず沓の鼻
  可南

   奥州南部くりや川にて

厨川のぞいて雪にまぶるゝな
    惟然

せめよせて雪のつもるや小野の峯
   去来

能(よき)夜ほど氷る也けり冬の月
   仙化

    右の句、 北枝が集 に名乗書(かき)たがえ(へ)て入
    集し侍り。武江の文通に聞えける也。

   仏 名

仏名や打敷ほむる翠簾(みす)の中
   許六

仏名や屏風見くらす小僧哉
   浪化



続有磯海 下

 雑   擬『朗詠集』下巻

   風

   有礒の浦廻りも果て、しばらく氷見の湊に足
   を休む。

先かぜの名をならはばや合歓の花
    惟然

風吹ておもしろき日や蕎麦の花
    如行

   雲
 オ(ヲ)ハリ
山門を雲の出引や夏の山
    露川
  黒崎
雨風の根をたえしてや雲のみね
    沙明

凩に雲のそびえ(へ)やもらひ雨
    正秀

   晴

朝ばれや青みに花の一つくね
    野坡
  ミノ
笋の風に煩ふゆがみかな
   斜嶺

若竹や道のふさがる客湯殿
    浪化

   草

初午や小草に人のぞよぞよと
   史邦
  ミノ
物の実のあがらぬ畑や春の草
    文鳥

菜の花に咲かわ(は)りけり金鳳花
    句空

白げしに糸ゆふあそべ弱いどし
    荊口

箒程たばねて着たり草の花
   風国

梅が香をしらず深山のあかき猿
   千川

   文 詞

古文よむ人も一日花に蝶
   浪化

   芭蕉翁はての年は、堅田のゆかり、伊賀のし
   るべ、思ひの外に成ぬるを侘て、宇津の山よ
   り人々に申遣す。

置捨に笈の小文やとしのくれ
    其角
 (ヲ)ハリ
追々に酒屋へはしる桜かな
   夕道

   (筑)紫へ下る比
  サガ
酒になるげんかい灘のしぐれ哉
   野明

   山 付山水

残りけり卯辰にかゝる峯の雪
   北枝

山水に薬の花のにほひかな
   浪化

死事としらで下るや瀬々の鮎
    去来

中食に鵜飼のもどる夜半哉
   浪化

さし汐に走りあまるや浜千鳥
    李由

   禁 中

   大雪の降けるとし

九重に見なれぬ雪のあつさ哉
   去来

ならづけの根本とはん八重桜
   浪化

   故 宮

   筑前の国 苅萱の関 にて木の丸殿の旧跡を感ず
  日田
歌舞の地や枯野のうへをふくあらし
   朱拙

   仙 家
  堅田
人を吐息をならはん冬籠
    千那

   田 家

茶の酔や菜たね咲ふす裏合せ
   丈艸

   砺波山も程なく過て、猶山ぞひ、井波の梺に
   しるべ有まゝたづね入て

真綿むく匂ひや里のはいり口
   惟然

灌仏や釋迦も畠に二年越
   諷竹

   眺 望

   住吉の浜に出て

青麦にしばらく曇る淡路哉
    許六

   餞 別

    支考 が西国へ趣(赴)きけるに
  平田
若竹をとらえ(へ)て放わかれ哉
   李由

   旅だつ人を里外まで送りて

別れ場(端)や川のところで朝涼み
   浪化

   黒崎にて人々に留別

此寒き背中を見せて別れ哉
   朱拙

   朝とく 鞠子 の宿を出て

山芋も茂りてくらし宇津の山
   許六
  ミノ
凩にふかれた顔の旅ね哉
    此筋

   遊 女

物おめぬ遊女あはれや衣更
    土芳

いなづまやどの傾城とかり枕
   去来

   惟然を宿して
  仙台
隅にゐよつもつた雪のぬくともり
   千調

誰々ぞ雪に只今扣(たた)きこむ
    惟然

   懐 旧

    ばせを翁墓 にまうでゝ、手向草二葉
  東武
秋むかし菊水仙とちぎりしが
    素堂

苔の底泪の露やとゞくべし

   いがへおもむくとき、 ばせを翁墓 にまう
   でゝ

ことづても此とを(ほ)りかや墓のつゆ
    丈草

   睦月十二月、翁忌日に

大空も形見と見えず梅の花
    北枝

   故翁の霊を祭りて

里人も一門なみや魂まつり
   去来

   述 懐

麦の穂の世に出るまでの菴(ママ)
   野明

   旡 常

   猶子守寿、十六歳の春身まかりけるに

死顔のおぼろおぼろと花のいろ
   去来

   湖春子をいたみて

泣てよむ短冊もあり花は梦(ゆめ)
   其角

   

有明ときのつく雪のあかさ哉
   浪化

   元禄丁丑の夏、鳥落人はるかに京師より故翁
   引杖の跡を慕ひて、有その礒めぐりも日数あ
   りて、我松扉を敲きて、半日の閑談に世慮忘
   たり。

   歌仙乱吟 半時

草蒸におなじ皃なる小松哉
   浪化

 木ずゑの蝉のお(を)しまずに鳴
   惟然
  執事
のらこいてあるゝ間のひしなくて
   拾貝

 見しらぬものゝ舟を手伝ふ
   林紅



   元禄戊寅 仲冬上旬

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