首途之吟
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我いまた公私の世務に遁れかたき身なから旦に松島を
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こひ夕へに象潟をしたふ事とし久しく尾符(ママ)の夜話主と
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文通にうなつき合てことし丁卯の夏其さそひ神の無分
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別にとるものとりあへす故翁の紀行を懐にしてさみた
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れの日数も立しまふ暁わか柴門を立いつる事にそ有け
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る
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島わたる翅に涼し笠二蓋
| 柳几
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名古屋より木曽の山踏したる長途の杖笠を冬青舎に休
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る間もなくかねて書音にいさなはれたる奥羽の方にま
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た旅立けるか柳子はわれより年若けれは道のたよりも
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いとたのもしくて
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若竹に杖あらためむ旅まくら
| 白尼
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岩船山
にて
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まづ舳先見るや若葉の浪間より
| 柳几
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此山の地蔵尊に詣て裏坂越に往還へ出るこの日は水無
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月朔日なりけり
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山下リておもひ出しけり氷室の日
| 白尼
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東照宮
を拝し奉りて
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神風の薫リや瑠璃の宮はしら
| 柳几
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裏見の滝
にて
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涼しさの裏見出しけり滝の奥
| 柳几
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葛もいま若葉そ滝のうら表
| 白尼
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殺生石
にて
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石暑し指さへさせぬ昼最中
| 同
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与一扇の的を射し弓矢を奉納せし
八幡宮
に詣て
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むかしおもふ膝に扇や神のまへ
| 尼
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頼政の紅葉も
能因法師
か秋風も都より長途をふる事を
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読れしが我国よりはその境わつかなからけふや旧望の
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足る事のうれしくて
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しら川やけふまねき出す若楓
| 几
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翁の尋ね残されし花かつみを糺さむと沼のほとりを
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かなたこなたと見めくれと更にそれそとしるへの草
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もなくたゝ折から咲るものには
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かつみとは猶おほつかな華あやめ
| 几
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駅路の右手に
浅香やま
あり無下に過んも口おしけれは
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かの山の井をたつねのほりて
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今もその影や浅香の山清水
| 尼
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安達原
の岩窟を一見して
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黒塚に姫百合さきぬ君か代は
| 尼
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毛知須利石
三章
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黒塚に姫百合さきぬ君か代は
| 虎杖
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姫百合もうつふき連や信夫摺
| 柳几
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松の葉もこほすや石の忍ふ摺
| 白尼
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佐場野の里
医王寺
をたつね判官殿のむかしをとふて宝
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物を拝むに
安宅の関
の有さまそまつ思はるゝ
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爰にまた笈さがさはや土用干
| 白尼
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飯阪の温泉
に入て
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萍の身や湯壷にも尻ためず
| 几
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義経の腰かけ松
にて
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緋おとしのゆかりや松に凌霄花
| 尼
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伊達の大木戸
を過るとて
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大城戸の跡やまもりて華茨
| 仝
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名にあふ
武隈の松
は
竹駒明神
の辺にあり二タ木の松と
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もいへり
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風薫れ松のふた木を鳥居とも
| 尼
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笠島
の道祖神にぬかつきて此たひ行脚の御礼を申奉る
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幣にとる紅葉もいまた若みとり
| 仝
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壷ノ碑
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石暑し指さへさせぬ昼最中
| 尼
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石ふみを水にもうつせ田草とり
| 几
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千賀の塩かまは名のみ残りてその跡たしかならすされ
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とも数百の民家軒を並へ漁村の詠も殊に目出たし
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塩竃の跡も賑はふ蚊やりかな
| 白尼
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野田ノ玉川
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玉河の玉やくだけて飛螢
| 仝
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船中ノ吟
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松島
は笑ふかことしといへる翁の詞も眼前なれは
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涼しさの浪に笑はぬ島もなし
| 柳几
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浮巣にかよふ島の手配リ
| 白尼
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沖ノ石
矢はた村といふ民家の背戸に有
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麦の穂の浪は刈れて沖の石
| 柳几
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各両雅士へ挨拶
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はし書事繁れはもらす
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汲て嘸奥の清水の清(スミ)にこり
| 白英
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柳に汗を入る馬下り
| 白尼
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涼しさをはしめてかはす扇かな
| 東鯉
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笑ひもおなし夕顔の友
| 柳几
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夕顔に蕣まての旅寝せよ
| 可耕
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笠のよこれも老の鶯
| 白尼
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濁をも葛にかくすやおくの水
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丈芝
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木陰に尋あたる日盛
| 白尼
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仙府の人々にもてなされて旅窓の日数ふりけるに此
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ほと夜話主は山ふみの暑湿にあたりて類痢の床に苦し
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みけるか流石に針薬の便りも所からにして姉妹の介抱
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よりもいとむつましなから肥立の達者はてしなくそ見
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えけるされはわれはとし頃湯殿羽黒へ大願あれはそこ
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の連衆に白子を預ヶてけふや羽州の方へ趣むくかへり
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来る日はわつかなから隻鳬の思ひ胸にせまりて爰に暫
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時の名残をおしむ
| めくり来る日まて倒るな立あふひ
| 柳几
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| 山形領
立石寺
は聞しにまさる清閑の地にして西谷ひか
| し谷その外山の仏閣ことことく順礼して佳景寂寞た
| る岩窟に入てしはらくこゝろをすます
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| あら淋し浮世の音もわすれ草
| 柳几
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| 是より先達刑部か後へに付て岨をつたひ羊腸をめくりて
| 積雪の嶮難をしのきあるは鉄鎖をたくり肌につめた
| き汗を流して三山を拝す
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湯殿山
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| 雪踏てあつき涙の湯殿かな
| 仝
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月山
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| 笹小屋といふ所に臥て殊更に草臥ぬれは爰に奉納の句
| なし
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羽黒山
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| 下闇をあつめて凄し羽黒山
| 仝
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| 鶴岡
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| かねて慕はしき
風草
主人をたつねて旅笠をぬく
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| 舞ふて来た羽織に涼し鶴か岡
| 柳几
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| つかれも夏の旅馴し笠
| 風草
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| 是より象潟は寸眸の間に見渡さるれは心も飛島の名に
| うかれて十余里の浜つたひしまつ吹浦の納涼を試んと
| 海畔に彳みて
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| 吹浦にのこる暑もなかり鳧
| 柳几
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象潟
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| 良医金氏に案内せられて汐越の橋下より船を入て九十
| 九森八十八潟を漕めくる
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| 蚶潟や唐絵の中を秋の雲
| 仝
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蚶潟
より又
酒田
へ取て返しけれは例の人々待うけも
| てはやされかの青楼の風流なと見物させられ文月六日
| 袖か浦の名残を引わかるゝとき
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| 星よりは一朝はやき別かな
| 柳几
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| それより最上川を舟に乗て
白糸の滝
を過る文月七日の
| 吟
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| 鵲はたのまじふねの最上川
| 仝
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| 織姫の筬を貯てや滝の糸
| 仝
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| ふみ月十一日仙府へ帰りまづ夜話主か全快に安堵し羽
| 州の風交予か留主中の俳事なと語り合て互に悦ふ事に
| そ有ける
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| 白坂を越て
二所か関
を過るとて
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| 関の名もやわらく御代や萩薄
| 白尼
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境の明神
は陸野両国の鎮守にて鳥居も立双ひたり
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| 世の秋を寝ものかたりの宮居哉
| 柳几
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芦野ゝ里
なる道野辺の清水に西上人の俤もゆかしくそ
| の木陰に我も彳て残暑を凌く
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| 肌寒ふなる迄たつや柳かけ
| 柳几
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