このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
俳 書
『泊船集』
(巻之二・巻之三)
元禄11年(1698年)11月、板行。風国編。最初の芭蕉句集。574句を収録。
風国は京都の医師伊藤風国。通称は玄恕。
元禄9年(1696年)9月、
『初蝉』
刊 。
元禄10年(1697年)9月、
『菊の香』
自序 。
泊船集 巻之二
芭蕉庵拾遺稿
洛陽 風國撰次
春之部
元日に田ことの月こそこひしけれ
元日はひるまで寝てもちくひはづしぬ
二日にもぬかりはせじな花の春
三日口を閉て題
二
正月
一
四日
大津繪の筆のはしめは何佛
京ちかき所に年をとりて
こもを着て誰人います花の春
春立や新年ふるし米五升
人も見ぬ春や鏡のうらの梅
年々や猿に着せたる猿の面
蓬莱に聞はやいせの初便
風麥亭
春たちてまだ九日の野山かな
山里は萬歳おそし梅の花
こんにやくのさしみもすこし梅の花
春もやゝけしきとゝのふ月と梅
旅からす古巣は梅になりにけり
梅か香にのつと日の出る山路かな
いせにて
園女
亭
暖簾
(のうれん)
の奧ものゆかし北の梅
椿
鶯の笠おとしたるつはきかな
鶯
鶯や柳のうしろ藪の前
餞乙州東武行
梅若菜まりこの宿のとろゝ汁
柳
傘に押分見たる柳かな
八九間空て雨ふる柳かな
雲雀
雲雀なく中の拍子や雉子の聲
永き日を囀りたらぬひはりかな
雲雀より上に休らふ峠かな
雉子
高野にて
父母のしきりに戀しきしの聲
蛇くふと聞けはおそろし雉子の聲
陽炎
かけろふや柴胡の糸の薄曇
枯芝やまたかけろふの一二寸
伊賀新大佛之記
今畧之
丈六に陽炎高し石のうへ
春雨の木下にかゝる雫かな
憂ては方知
二
酒乃聖
一
(憂ては方に酒の聖を知り)
貧メハ覺
二
錢神
一
(貧めは銭の神を覚る)
花にうき世我酒しろく食黒し
大和の七草平尾村にて
花の陰謡に似たる旅ねかな
木のもとに汁もなますも櫻かな
此句にて歌仙有ひさこといふ
いかの國花かきの庄はそのかみ南都の八重櫻の料に附せられけるといひ傳え侍れば
一里はみな花守の子孫かや
やまとの國を行脚して葛城山のふもとを過るによめの花はさかりにて峯々はかすみわたりたる明ほのゝけしきいとゝ艶なるに彼の神のみかたちあしゝと人の口さかなく世にいひつたへ侍れは
猶見たし花に明行神の顔
最中の桃の中よりはつさくら
いつれの集か 咲みたすとありぬ
奉納
うらやまし浮世の北の山櫻
景清も花見の座には七兵衞
西行像讃
すてはてゝ身はなきものとおもへとも
雪のふる日はさむくこそあれ
花のふる日はうかれこそすれ
花の雲鐘は上野か淺草か
二月十七日神路山を出るとて西行のなみたをしたひ増賀の信をかなしむ
裸にはまだ二月のあらしかな
櫻をはなとねところにせぬそ花にねぬはるの鳥のこゝろよ
花に寢ぬ鳥もたくひかねすみの巣
春の夜は櫻に明て仕舞けり
觀音のいらかみやりつ花の雲
其角か曰かねは上野か淺草かと聞えし前の年の春吟也尤病起の眺望成へし一聯二句の格也句を呼て句とす
奈良七重七堂伽藍八重ざくら
宗無亭
花も宿にはしめ終りや廿日程
顔に似ぬ發句も出よ初櫻
洒落堂の記
畧之
四方より花吹入て鳰の海
芳野山の花見んとて伊賀の國より旅立申されしに尾州の杜國を同行にて筆をとりて檜の木笠の裏に戯れられしとぞ
芳野にて櫻見せふそ檜の木笠
さまさまの事おもひ出す櫻かな
しはらくは花の上なる月夜かな
うへのゝ花
詞かきは
すみたはら
にあり
四ツごきのそろはぬ花見心かな
三聖人の圖
月花の是やまことの主たち
山ふき
山ふきや宇治の焙爐の匂ふ時
ほろほろと山吹ちるか瀧の音
涅槃
ねはん繪や皺手合する珠數の音
留別
鮎の子のしら魚送る別れかな
蛙
古池や蛙飛込水の音
大和行脚のときにたむは市とかやいふ處にて日の暮かゝりけるを藤の覺束なく咲こほれけるを
草臥て宿かるころや藤の花
觀音のいらかみやりつ花の雲
重三
青柳の泥にしたるゝ鹽干かな
草庵に桃さくらあり門人に
其角
嵐雪
あり
両の手に桃と櫻や草の餅
深川の草庵
を出たまふとて
草の戸も住かはる世や雛の家
悼
呂丸
當歸
(とうき)
よりあはれは塚の菫草
麥飯にやつるゝ戀か猫のつま
蝶
蝶の飛はかり野中の日影かな
二見の圖を拝見侍りて
うたかふな潮の花も浦の春
いせ神法楽
何の木の花ともしらすにほひかな
題しらす
木曾の情雪や生ぬく春の草
おとろひや齒にくひ當し海苔の砂
行春を近江の人とおしみける
行春や鳥啼魚の目はなみた
此句の詞書細道にあり
泊船集 巻之三
芭蕉庵拾遺稿
洛陽 風國撰次
夏之部
山崎宗鑑か舊跡
有かたきすかた拜まん杜若
清く聞ン耳に香燒て霍公
那す野の原にて
野を横に馬引むけよ蜀魂
子規まねくか麥のむら尾花
ほとゝきす大竹原を洩る月夜
杜鵑聲横たふや水の上
郭公啼啼飛そいそかはし
木かくれて茶摘も聞やほとゝきす
ある人の一周忌に
杜鵑啼音や古き硯箱
子規なくや五尺のあやめ草
更衣
ひとつ脱てうしろにおひぬ更衣
夏來ても只一ッ葉の一葉哉
あら野
には一葉を一ツかなとあやまりぬ
卯の花
卯の花やくらき柳の及ひこし
ほたる
草の葉を落るより飛ふ螢哉
風の薫 丈山の像
風薫る羽織は襟もつくろはす
小倉山
松杉をほめてや風の薫る音
落柿舎
柚の花にむかしをしのふ料理の間
おなしく
五月雨や色紙まくれし壁のあと
二句の時月おなしからすや
朝露によこれて涼し瓜の丈
柳こり片荷はすゝし初眞瓜
此句にて歌仙あり市の庵に見ゆ
美濃に入て
山陰や身をやしなはん瓜畠
初真桑たてにやわらむ輪に切ん
此句は酒田にての吟なり
いつれの集
にやら四ッにやわらん輪にやせんとあやまりしるしけり
五月雨
日の道や葵傾くさつき雨
さみたれを集めて早し最上川
大井川水出て嶋田
塚本氏
のもとにとゝまりて
さみたれの空吹おとせ大井川
兼て耳驚したる二堂開張す
ほそみち
五月雨のふり殘してや光堂
五月雨にかくれぬものやせたの橋
露沾公に申侍る
五月雨に鳰の浮巣を見に行ん
なすひ
ちさはまた青葉なからになすひ汁
是は
島田
にての吟也
七日羽黒山にこもりて鶴か岡に出る重行亭
めつらしや山を出テ羽の初なすひ
ひるかほ
ひるかほにひるねせうもの床の山
あやめ草紐にむすはん草鞋の緒
田うえ
奥州白河の關こえて
風流のはしめやおくの田植うた
田一枚うえてたちさる柳かな
笈日記
に渺々と尻ならへたる田うえ哉といふ句を入集いたされけれと是は伊丹の句にて翁の句にあらす
月山
にて
雲の嶺いくつ崩レて月の山
大津丹野亭
ひらひらとあくる扇や雲のみね
蓮の香に目をかよはすや面の鼻
丹野は龍大夫なれはかくは申されし也
露川か等さやまて道おくりして共にかり寐す
水鷄なくと人のいへはやさや泊り
蝉
頓て死ぬけしきは見えす蝉の聲
さひしさや岩にしみ込蝉の聲
稲葉山
搗鐘もひゝくやう也せみの聲
涼
涼しさや海に入たる最上川
閑居をおもひたちける人のもとに行て
涼しさはさし圖に見ゆる住居かな
洲庵不玉亭
あつみ山や吹浦懸て夕涼み
尾花澤
清風
にて
すゝしさを我宿にしてねまる也
腰長
腰長や鶴脛ぬれて海涼し
象潟
象潟の雨や西施か合歡の花
西行櫻
「象潟の櫻はなみに埋れてはなの上こく蜑のつり船」
西行
花の上漕とよみ給ひけむ古き櫻もいまた蚶満寺のしりへに殘りて陰波を浸せる夕晴いと涼しければ
夕晴や櫻に涼む波の花
十八樓の記
笈日記
に見えたり
此あたり目に見ゆるものはみな涼し
雪芝亭
涼しさや直に野松の枝の形
詞書略之
秣負人を枝折の夏野かな
かたつふり角ふり分よすま明石
あかしの夜泊
蛸壺やはかなき夢を夏の月
あかし
郭公聞行かたや島一ッ
竹酔日
ふらすとも竹植る日は簑と笠
岐阜にて
おもしろうてやかてかなしき鵜舟哉
名にしあへる鵜飼といふものを見侍らんとて暮掛ていさなひ申されしに人々稲葉の木陰に席をまうけ盃を擧て
またたくひ長良の川の鮎鱠
はしかき畧しぬ
蚤虱馬のはりこくまくらと
するか路
駿河路や花橘も茶のにほひ
富士
目にかゝる時やことさら五月不二
清瀧
清瀧や波にちりこむ青松葉
波に塵なしといふを加様になしけるは翁の遺言也「清瀧の水くませとやところてん」とありしは野明に引さき捨させたまふ笈日記に水くみよせてといふはあやまりなるよし
嵐山
六月や嶺に雲置あらし山
那須の温泉
湯をむすぶちかひもおなし岩清水
逢龍尚舎
物の名を先ッとふ荻の若葉哉
許六木曾路におもむくに
旅人の心にも似よ椎のはな
うき人の旅にもならへ木曾の蠅
岐阜山
城あとや古井の清水先ツ問む
尾州に入ての吟とかや
世を旅にしろかく小田の行もとり
奥州かさしま
笠島やいつこ五月のぬかり道
出羽の最上を経て
眉掃を面影にして紅粉の花
千代か身まかりけるをみのゝ國より去來かもとへ申しつかはし侍ける
なき人の小袖も今や土用干
幻住庵
記は
猿蓑
にあり
先たのむ椎の木もあり夏木立
佛頂禅師
の菴をたゝく
木つゝきも菴はやふらす夏木立
留別
人々川さきまて送りて餞別の句をいふ其のかへし
麥の穂を便りにつかむわかれ哉
かんこ鳥
うき我をさひしからせよかんこ鳥
詞かきはもらしぬ 越道
世の人の見付ぬ花や軒の栗
加州
北枝
に別れたまふとて
もの書て扇引きさく名殘かな
「武隈の松見せ申せ遅櫻」と擧白といふもの餞別したりけれは
櫻より松は二木を三月越
奥州高館にて
なつ草や兵ともか夢の跡
最上川
あつき日を海に入たり最上川
あちさい
あちさいや藪を小庭の別さしき
二栗軒
藪椿門は葎の若葉かな
青葉して御目の雫拭はゞや
殺生石
石の香や夏草赤く露厚し
美濃己百亭
やとりせんあかさの杖になる日まて
初鰹
鎌倉を生て出けん初鰹
是は
みなし栗
比の句也
這出よかひやか下の蟾の聲
とんみりと樗や雨の花曇
闇の夜や巣をまとはしてなく千鳥
秋之部
このページのトップ
に戻る
俳 書
に戻る
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください